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日本祭りに準備万端=長野県人会=今年も名物「野沢菜漬け」=総出で漬け込み360キロ

ニッケイ新聞 2009年7月17日付け

 県連主催の第十二回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)がきょう十七日から三日間、サンパウロ市のイミグランテス展示場で開催される。フェスティバルの楽しみと言えば、各県人会が趣向を凝らした郷土食。その一つ、長野県人会が長年提供している「野沢菜漬け」の漬け込み作業が十三日、ビリチバ・ミリン市の北澤重喜会長の農場で行なわれた。種を蒔いてから刈り取りまで二カ月。十人あまりで三百六十キロを漬ける、なかなかの重労働だ。

 作業当日、サンパウロ市は早朝から濃い霧の中。午前七時過ぎ、県人会相談役の石井賢治さんと共にモジ・ダス・クルーゼスへと出発した。
 車で約一時間、モジ市のコクエラ日本人会館で県人会モジ支部長の山口正邦さん、相談役の矢崎逸郎さん、婦人部の皆さんと合流して、北澤会長の農場へと向かう。
 北澤会長と元モジ支部長の小宮山佐一さんが待っており、準備万端。朝のカフェを済ませ、早速作業へ移った。
 長野県人会では一九九八年の第一回郷土食・郷土芸能フェスティバル(日本祭りの前身)から野沢菜漬けを販売している。当時の婦人部長だった土橋敏恵さんは、研究のため産地の長野県野沢温泉村も訪れたという。
 開始当初から栽培は北澤会長の農場。近年はイタクアケセツーバの県人農場で作業を行なってきたが、今年から北澤氏が本部会長に就任したこともあり、三年ぶりにビリチバ・ミリンでの作業となった。
 野沢菜の種は北澤会長が長野県から持ってきたものだ。農場内の一〇×三〇メートルほどの面積に、約一メートルの野沢菜がびっしりと成長している。六十日を過ぎると固くなってしまうため、フェスティバルにあわせて栽培してきた。
 畑のほか水耕栽培なども手がけ、サンパウロ市の大手スーパーやモジ市内各所に葉野菜を卸している北澤会長。「休みはナタルと元旦くらい」というが、その一方で、「期間が限られているし、野沢菜の方が神経を使いますよ」とも話す。
 昨年は六百グラム×一千袋分を用意した。今年は六百袋分、三百六十キロ。収穫され箱に入った野沢菜を、土橋さん、有賀春子さん、指宿君江さん、矢崎幹子さんら婦人部の皆さん、北澤会長の家族らが水洗いしていく。
 土を落とし、別なたらいでゆすぐ二度洗いの後、漬け込みへ。小宮山さん、北澤会長らが、茎が折れないように容器に詰め、岩塩をふって上から重石を乗せた。
 以前はモジ支部の会員たちが参加していたが、高齢化もあって、「なかなか集まらなくなりましたね」と小宮山さん。「期間が限られているし、手入れもある。植える人には責任があるから大変です。北澤さんが植えているからできるんですよ」と話す。
 「会員が高齢になって、人を集めるのが大変。どこの県でもそうじゃないかな」――。イタクアケセツーバでも手伝ったという指宿さん。水洗いの手を休めずにそう話しながらも、「野沢菜を知らないブラジル人でも、味見して買っていく人もいるんですよ」と嬉しそうな様子を見せていた。
 朝の九時前から始め、昼食をはさんで作業が終わったのは午後二時半。二日ほど漬けた後に水分を絞り、少々の砂糖やピンガなどで味をつけ、十七日からフェスティバルの県人会バンカに並ぶ。

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