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日本移民と皇室の深い絆語る=二宮正人さんJHで講演会=大統領通訳、コロニアを代弁=「毎年お茶にお誘い頂く」

「内親王殿下3人の初ご訪問国はブラジル」と日伯の強い絆を語る二宮正人さん

「内親王殿下3人の初ご訪問国はブラジル」と日伯の強い絆を語る二宮正人さん

 「上皇上皇后両陛下のおぼしめしで、3人の内親王殿下はみな、ブラジルを最初の公式訪問国にしておられます。そのお一人が今回、天皇陛下にご即位されました」――歴代の大統領通訳として皇室と深い面識を持つ二宮正人サンパウロ総合大学(USP)法学部教授は5月9日晩、聖市のジャパン・ハウスで「天皇―日本のシンボル」をテーマに講演し、皇室とブラジル日系社会との特別な関係をそのように語った。多くの非日系人を含めて約80人がじっくりと聞き入った。

80人がじっくりと聞き入った講演の様子

80人がじっくりと聞き入った講演の様子

 皇室の関係は実に43年前にさかのぼる。二宮さんは1971年にUSP法学部を卒業、エルネスト・ガイゼル大統領が76年に訪日した際に通訳に抜擢され、初めて皇室とお会いした。
 次に78年に皇太子殿下ご夫妻(現在の上皇上皇后両陛下)が初めてご来伯する際、ガイゼル大統領から再び通訳に呼ばれた。当時、二宮さんは東京大学に留学中だったが、はせ参じた。その際、ガイゼル大統領は1週間ほど、ほぼピッタリと両殿下と行動をともにされた。
 その時、二宮さんの仕事ぶりに接して注目された両殿下は、空港の待合室に呼び出され、特別に話す機会を与えられた。二宮さんは「わたくしは移民の子で、今は日本の大学で勉強しております」と自己紹介すると、「日本で勉強しているなら、お招きしますね」と誘われた。「まさか」と思ったが、本当に連絡があり翌年お茶に呼ばれた。
 「以来78年から97年の間に4、5回ほどお茶にお招きいただいた。97年に両陛下がブラジルを訪れられた際は、実は病気で東大病院に入院していた。すると侍従の人がやってきて陛下からのお花を届けてくださった。97年以降はほぼ毎年、お招きいただいている」と振りかえった。
 「お茶の際に出る話題は日系社会のことが中心です。山内淳さん(97年時の文協会長)はどうされていますか、西礼三さん(両陛下がご来伯された67年、78年に軍警として警備責任者を担った)はどうですか、中川トミさん(最後の笠戸丸移民)はお元気ですかなど本当によく覚えておられます」という。
 上皇上皇后両陛下は3人の内親王の最初の公式訪問国を、みなブラジルに選ばれた。今上天皇陛下は浩宮時代の1982年、秋篠宮皇嗣殿下(今上陛下皇弟)は礼宮時代の1988年、旧名・清子内親王は紀宮時代の1995年にご来伯された。
 二宮さんは「コロニアは最大限に歓迎してきた。最初に訪れた国は特に強く印象に残ります。両陛下は内親王殿下に、そのようなお考えで接せられたのではないでしょうか」と推察した。

ヴィットル・オリベイラさん

ヴィットル・オリベイラさん

 来場者のヴィットル・オリベイラさん(31、弁護士)は「日本の歴史に関心があった。日本人にとって皇室がいかに大切な存在であるかが分かった。民主主義と矛盾しない存在であり、日本国民と皇室の関係はモデルケースとして他の国に参考にされてもいいのでは」とのべた。
 二宮さんは、今までの皇室との様々な関わりを『絆―皇室とブラジル』(日ポ両語)という著作にまとめ、6月1日にサンタクルス病院から刊行する予定。


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 上皇陛下は1967年にご来伯された際、朝3時に起きてホテルを抜け出され、3時間も離れたアマゾン河の水源地の一つをご訪問されたり、リオのフンシャール移住地を電撃訪問されたりした。外国訪問中の皇室としては、今では考えられないような大胆な行動をされた。その分、手ごたえというかブラジルという国、日系社会に強い印象を持たれて帰られたようだ。だからこそ、3人の内親王殿下がともに最初の公式訪問地をブラジルにされたようだ。その上皇陛下の平成在位30周年を祝う記念式典が2月24日に、東京の国立劇場で開催された。その時、中南米地区からは、ブラジル日本移民百周年協会理事長だった上原幸啓氏に加え、実は二宮正人さんも招待されていたそう。今後も、日系社会と皇室との絆の要として活躍してほしいもの。

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