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傘寿迎えたコチア青年=サンパウロ市=喜寿・古希あわせ124人=にぎやかに合同祝賀会

日系社会ニュース

ニッケイ新聞 2009年10月28日付け



 コチア青年連絡協議会(新留静会長)主催の傘寿・喜寿・古希合同祝賀会が18日、サンパウロ市の宮城県人会館で開かれた。19回目となる同祝賀会。昨年で全員が還暦を過ぎ、今年初めて2人が傘寿(80歳)を迎えた。残念ながら傘寿該当者の出席はなかったが、遠くはブラジリア、バイーア、アクレ州からも関係者が訪れ、120人あまりでにぎやかな一日を過ごした。来年はコチア青年移住55周年。記念式典は9月19日、国士舘センターで開催される予定だ。

 後藤猛在聖領事、ウィリアン・ウー連邦下議、山下譲二文協副会長、尾西貞夫援協副会長、遠藤健吉コチア旧友会会長、谷広海日本語センター理事長なども出席。杓田美代子副会長の司会により午前10時過ぎに開会し、物故者へ1分間の黙祷を捧げた。
 今年は傘寿2人のほか、44人が喜寿(77歳)、78人が古希(70歳)の節目を迎えた。あいさつに立った新留会長は、経済不況で青年移住35周年式典を見合わせた19年前に祝賀会が始まった経緯を振り返り、「今年から80歳の大先輩を2人迎えることになった。我々にも米寿、白寿の節目がいつかくる。健康第一に、余生を豊かに、楽しい人生を送ってほしい」と述べた。
 壇上に座った喜寿、古希の該当者が一人ずつ紹介され、会長から記念品を贈呈。来場者から温かい拍手が送られた。
 後藤領事は「コチア青年は新進気鋭の精神でブラジル農業に新風を吹き込み、移住史上に『コチア青年』の名を刻んだ」と敬意を表すとともに、「忘れてならないのは、血気盛んな青年に嫁いだ花嫁の皆さん」と労いの言葉を送った。
 来賓あいさつに続き、該当者を代表して高橋一水さん(元連絡協会長)が謝辞。「青年が活躍していた当時は金儲けが第一で健康は二の次だったが、今は健康が第一。これからも笑顔を大切に丸く丸く生きていこうではありませんか」と呼びかけた。
 ウー連議から新留会長に記念メダルを贈呈。閉会後はブラジル日本会議常任顧問の村崎道徳さんによる講演が行われた。村崎さんは「日本移民がブラジルで信頼されているのは、真心で行動した初期移民の人たちのおかげ」と自身の経験を交えながら振り返り、「世代が代わっても日本の心をなくさないように」との願いを語った。
 出席者一同で乾杯。コチア青年の肥後秀樹さんが経営するブッフェの料理が並んだ昼食会では、青年による歌や民謡も飛び出し、午後3時まで盛り上がった。

ブラジリアからも出席=来年は移住55周年

 1次1回で移住、今年喜寿の表彰を受けた荒木滋喬さん(三重)はアチバイアで4年働いた後、遷都前のブラジリアへ移転した。「当ても無かったけど、行けばなんとかなると思ってね」。
 新首都への野菜供給のため多くの日本人が入植したブラジリア。荒木さんはファゼンダを視察に訪れたクビシェッキ大統領とビールを飲んだこともあるという。現在は息子が冷凍果実の卸商を営む。
 祝賀会に参加するのは古希の時以来。「54年はあっという間でした。これからは金儲けを考えずにゆっくりしたいですね」と話した。
 同じく1次1回で喜寿を迎えた本多睦夫さん(大分)は、バルジェン・グランデから北パラナ、カストロを経て現在はクリチーバ在住。「一時は儲けたけど、すったもんだして。もうけたのは子供だけですよ」と笑う。また「(移民課長だった)山中弘さんはよく面倒を見てくれました」など思い出を語った。
 当日は、コチア産組職員として1次2回から4年間青年受け入れに関わった藤田繁さん(80、東京)も訪れていた。「最年長より1歳上かと思っていたら、80歳が2人いた」と話す藤田さん。「組合やパトロンのアジューダがあった人もいたけど、青年は自分たち自身の手でブラジルでの農業活動を切り開いた人が多かった。よくやったと思います」と話していた。
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 来年コチア青年移住55周年を迎えるにあたり、同会では9月19日に国士舘センターで記念式典を予定している。あわせて、今年50周年を迎えた花嫁移民の節目も祝う予定だ。
 連絡協相談役の山下治さん(73)は、「皆元気でいて、青年の意気を示さないとね」と話し、「来年まではがんばれるでしょ」と笑顔で語った。

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