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第39回ニッケイゴルフ選手権大会=過去最多260人が出場=男子は越選手が初優勝=女子はジリオット選手

ニッケイ新聞 2009年11月12日付け

 14歳から91歳まで過去最多の260人が出場した「第39回ニッケイゴルフ選手権大会」がブラジル・ニッケイ・ゴルフ連盟(野村義人会長)の主催で7、8日、サンパウロ州アルジャ市のPLゴルフクラブで行われ、日系ゴルフ界の頂点を目指して争われた。男子スクラッチ部門は越秀市選手(44、PL)がオオヤ・ロベルト選手(ベレン)を破り初優勝した。女子スクラッチ部門はカルラ・ジリオット選手(20、アルジャ)が中村るり子選手(ラーゴ・アズール)を2打差で破り、3年ぶり5度目の賜杯を手にした。

 初日は好転に恵まれ、プレーヤーは4人一組で「パンジー、リリー、グローリー」と三つのコースで熱戦を繰り広げた。初日は大部一秋在聖総領事夫妻もプレーをし、18ホールをまわり楽しむ姿も見られた。初日の成績を下に2日目は男子、女子、男子スーパーシニア、男子シニア、女子シニアなどのカテゴリではスクラッチ部門が設けられ、緊張感のあるプレーが展開されていた。
 男子スクラッチ部門を制した越選手は「我慢のゴルフでした」と語り、「ハンディキャップが出場選手のうち、一番低い数値だったのでプレッシャーはあった」と胸の内を明かすも「PLのクラブチャンピオンとして勝てて嬉しい」と喜びを語った。
 「コースに出る時には勝つことを信じて出る」と語るのは、女子スクラッチ部門を制したジリオット選手。「予想通りの結果。これからは日系以外の大会にも出てみたい」と感想を語った。
 同大会はブラジル・ニッケイ・ゴルフ連盟主催、アルジャ及びPLゴルフ・クラブ、ニッケイ新聞後援、ホンダ、ヤクルト、ホス建設、ミネラドーラ堀井、パナソニック、味の素などが協力した。
 各部門の優勝者は以下の通り(敬称略、所属)
 【男子】▽スクラッチ=越秀市(PL)、▽スクラッチ・シニア=モチズキ・コシロウ(アルジャ)、▽スクラッチ・スーパーシニア=ヒサ・ジュンジ(PL)、▽成年A=アサクラ・フランシスコ(PL)、▽成年B=ヤノ・セイゾウ(CGC)、▽シニア=ムトウ・アキノリ(ベレン)、▽スーパーシニア=平松幸夫(PL)
 【女子】▽スクラッチ=カルラ・ジリオット(アルジャ)、▽スクラッチ・シニア=ヒエダ・オルガ(ALPH)、▽スーパーシニア=平松トシコ(PL)、▽成年=田中イザベル(PL)、▽シニア=森サユリ(アルジャ)、▽スーパーシニア=池上ヨネコ(アルジャ)。
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 PLゴルフ場会員、第1号の平松幸夫さん(75、愛知)はゴルフ歴52年の大ベテラン、見事2位に4打差をつけスーパーシニアの部(HC)で2回目の優勝を飾った。第2回大会から出場し、かつてはスクラッチでも優勝経験があり、ハンディキャップは18の腕前。
 1956年、サンヨーテックの駐在員として来伯。翌年、オザスコ市のサンフランシスコ・ゴルフクラブで野村会長夫妻と共にプレーを始めた。「古い人はみんなオザスコでプレーをした。今も現役で大会に出ている中で最年長じゃないかな」と元気な笑顔を見せる。
 60年代、進出企業の増加と共に日系ゴルファーも増えていき、それに伴いアルジャ、PLと順にゴルフ場が出来、日系人の大会も徐々に行われるようになったという。「当時、ゴルフは贅沢なスポーツ、大衆的ではなく、駐在員やコロニアでも余裕のある人しかできなかった」と語る。
 「ニッケイ大会は昔懐かしい人に会えるのが楽しみ。親睦の場になってますよ」。今でも月に10回はプレーし、毎朝アクリマソン公園でラジオ体操を欠かさない。「お陰様で健康に暮してます」と喜びを噛み締めていた。

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