ホーム | 日系社会ニュース | リオ日本人学校=総領事館内で新学期スタート=「水害にめげず頑張ろう」

リオ日本人学校=総領事館内で新学期スタート=「水害にめげず頑張ろう」

ニッケイ新聞 2010年4月15日付け

 【リオデジャネイロ共同=名波正晴】リオ州を直撃した豪雨による土砂崩れなどの水害で、臨時入居先の日系協会が一部被災したリオ日本人学校は14日、リオ市セントロのオフィスビル内にある日本総領事館広報文化センターに学校施設を移して新学期の始業式を行った。
 児童や教員らは災害にめげず「皆で頑張ろう」と声を合わせ、日系協会の施設が復旧するまでの約2カ月間、同センターで授業を行う。
 この日、小学3年の丹羽示尚(にわ・ときなお)君、小学4年の北島碧乃(きたじま・あおの)さん、新井陽貴(あらい・はるき)君の3人が日本から転入し、小学3年の駒井涼香(こまい・すずか)さん、岩井純平(いわい・じゅんぺい)君、小学6年の石井茉里麻(いしい・まりあ)さんが歓迎、計6人での新学期となった。
 新任した新井英樹(あらい・ひでき)さん、丹羽浩介(にわ・こうすけ)さん、青木義道(あおき・よしみち)さんの3教員も紹介された。
 大越邦生(おおこし・くにお)校長は「日系協会、広報文化センターといろいろな施設での学校を経験できることになります。しばらくは不便かもしれないけど、楽しく仲良く過ごしましょう」と話し、児童らは「ガナバラ湾が静かに明けて」で始まる校歌を高らかに歌い上げた。
 講堂や図書室などを教室として利用、体育は講堂でマット運動や風船バレーなどを行う。センターの開館時間に合わせて始業時間を若干遅らせたという。
 リオ日学は1960年、石川島播磨重工業(現IHI)が石川島ブラジル造船所(イシブラス)に派遣された社員の子弟の日本語教育のために企業内に設けた施設(日語補習校)をチジュカに開設したのがルーツ。
 日本企業の進出増を受けて、71年に日本人学校として発足、校舎もサンタテレザに移転し、ピーク時の80年には4百人以上が通学した。その後、学校周辺にファベーラが建ち並ぶなどしたため治安上の理由で昨年7月、日系協会に一時避難、仮施設として使っていた。
 駐在員の年齢構成が二分化されつつあることなどを受けて、児童・生徒数は一時的に大きく減ったが、石油や鉄鉱石をはじめとする資源などの獲得を目指す日本企業の進出も予想され、今後児童数の増加が見込まれている。

image_print

こちらの記事もどうぞ