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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2010年5月13日付け

 ツニブラ・トラベルの元専務、本永群起氏が79歳で亡くなった。1958年の日本移民50周 年のさい、勝ち負け問題で混乱していたコロニアを回った経験を持つ。本紙に答えたインタビュー(08年2月12日付け)を読んでから、いつか謦咳に触れたいと思っていただけに残念だ▼勝ち組の家でのエピソードが興味深い。「―『教育勅語をしっちょるか』っていうんだ。『失礼じゃないか。紙をもってこいって』っていってやった。紙と鉛筆を持ってきたから、『教育勅語をば、鉛筆で書けるか』とどなった(中略)かきはじめたら、途中で『もうよか!』っていうんだ。こういうのは、口でしゃべっちゃダメなんだ。だまって書くんだ―」▼この取材は、100周年の年に行われた。50周年と比較して「語り部がいない」と話した氏自身が語り部となっていることに苦笑いしていたようだ。勝ち負けの混乱を収めようとした当時の熱気を―我田引水のようで恐縮だが―紙に残しておけたのはせめてもの救いだ。将来的には、ただ文字が残り、そこから過去を汲み取る。自然、歴史を残すことは現在に生きるものの使命だ▼百年史・農業編の刊行が来年に延びた。編纂委員会はその元凶である田中規子元調整役に調査費の返還を求め、「応じないようならば法的措置も辞さない」としている。半世紀前、コロニアをまとめ上げた先人の統率力のかけらもない体たらくだ。本永氏は続けて「100周年は無味乾燥な文章を集めるしかないだろう」と語っているが、少なくとも農業編は、その予想を大きく下回る状況となっている。長嘆息。(剛)

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