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初の「さんとす丸」同船者会=半世紀ぶりの再会に笑顔=来年も開催、世話人も決まる

ニッケイ新聞 2010年5月26日付け

 1960年5月18日着伯の「さんとす丸」の同船者会が50年目にして初めて行われた。22日正午、聖市内のホテルで開催され、聖州内、ブラジリアなどから、同船者、その配偶者ら18人が参加し、半世紀ぶりの再会を祝った。

 「今まで一度も開かれていなかった同船者会を50年の節目にどうしてもやりたかった」―。
 世話人の吉泉美和子さん(70歳、山形)は開催前の気持ちを話す。
 同船で渡伯したのは約850人。技術移民や花嫁移民もいたという。
 力行会で移住した西村勇さんと田村吾郎さんの間で開催の話が持ち上がり、吉泉さんも張り切った。「だけど雲をつかむような話だった」
 半世紀も連絡がなく、同船者の消息を知る手立てはない。本紙などで5月上旬に呼びかけた結果、10人以上と連絡がついた。
 リベルダーデ区のホテル銀座の一室で催された同会には配偶者も含め18人が出席した。1分間の黙とうが行われた後、参加者全員が、緊張の面持ちでそれぞれ自己紹介を行った。
 「ずっとやりたいと思っていた」「50年目は家で過ごすつもりだった。開催されて嬉しい」など、同船者会への思いが聞かれた。
 記念撮影後、世話人の西村勇さんが乾杯の発声を行い、和やかな雰囲気で歓談が始まった。
 1960年、バリグ航空が日本とブラジルの空の便を繋いだころ。
 三宅ローザの「浦島太郎」が同社のCMソングに使われており、「移住当時、毎日嫌になるほど聞いた」と共通の思い出に会場は沸いた。
 兵頭一さん(74、愛媛)は小学5年生から現在まで、毎日欠かさず日記を書いている。
 60年分の日記帳で「1960年だけ366日分の日記が書かれていますよ」と笑う。
 先日18日に金婚式を迎えた花嫁移民の征矢野美代子さん(71、長野)は「苦労もしたが、また親にも会えた、今は幸せに暮らしています。絆という言葉を大切にしたい。また来年もやりましょう」と呼びかけ、拍手で来年の開催、世話役も決まった。
 参加者らは半世紀前の思い出を互いに辿りながら、長年の苦労話に花を咲かせていた。

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