ホーム | 日系社会ニュース | コチア青年=トランク1つから半世紀=恒例の喜寿・古希祝賀会=今年は11人が傘寿に

コチア青年=トランク1つから半世紀=恒例の喜寿・古希祝賀会=今年は11人が傘寿に

ニッケイ新聞 2010年12月10日付け

 コチア青年連絡協議会(新留静会長)の傘寿・喜寿・古希合同祝賀会が先月21日午前、リベルダーデの宮城県人会館で開かれた。今年は113人が古希、56人が喜寿を迎え、昨年に続いて2回目となる傘寿は11人。遠くはブラジリアなど各地から、該当者本人や夫人、青年ら100人ほどが集まり、互いの健康を喜んだ。

 古希祝いも今年で11回目。冒頭、9月の青年移住55周年・花嫁移住51周年での協力に感謝を表した新留会長は、該当者へ祝いの言葉とともに、「だんだん私たちも後期高齢化の仲間入りしつつある。皆さん自ら健康管理をして、健康で長生きしてほしい」と述べた。
 続いて新留会長から、この日出席した傘寿5人と喜寿、古希の該当者に証書と記念品を贈呈。苦労をともにした夫人には花の鉢植えが贈られた。
 在聖総領事館の後藤猛領事部長は青年・花嫁の伯農業への貢献、子弟育成の努力を称え、さらに「これからも生涯現役の気概をもって日伯の架け橋として尽力してほしい」と話した。
 この日は青年子弟の飯星ワルテル連邦下議も訪れ、今年の統一選での支援に感謝を表した。また先の式典で表彰を受けた母良子さんからの「身に余る光栄」と感謝するメッセージを代読した。
 山下譲二文協副会長の祝辞に続き、該当者を代表して喜寿の野村愛國さん(島根県)が謝辞。「コチア青年は若いときからがむしゃらに突っ走ってきて、それがたたって身体を壊した。今子や孫から『無理しないで』と言われ、時代なんだなと思う。親から預かった身体と自覚して、命ある限り生き延びていきたい」と述べ、関係者に感謝を表した。
 「トランク一つ二つ下げてブラジルに来て、古希傘寿を迎えられた」―、西川忠雄さんが一言述べ、乾杯の発声。昼食会では旧知の仲間がテーブルを囲み、話に花を咲かせた。
     ◎
 単身青年の移住制度としては移民史上最大、計2508人が海を渡ったコチア青年。今年で渡伯55周年となる一次一回の青年たちも傘寿、喜寿を迎え、会場の一角で旧交を温めていた。
 傘寿の高柳治郎さん(埼玉県)はブラジリアからバスで来聖。遷都の60年から同地で野菜栽培に従事し、現在は商売を営む。
 「何も知らない若造をよく引き受けてくれたものだ」と最初のパトロン時代を思い出すのは、喜寿の安藤禎重さん(福島県)。長年ピラール・ド・スールに住み、同地農協理事、老壮会会長などを務める。先輩から学んだ立場から、今は教える立場の安藤さん。「文協を中心に後継者育成を手伝えたら」と語った。
 この日代表謝辞を述べた野村愛國さんの夫人、エイコさん(76、二世)は「お祝いを受けられて良かった」と笑顔。今年で結婚48年。「毎日忙しくて、知らない間にこの歳になりましたよ」と話していた。

image_print

こちらの記事もどうぞ