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65年前の恩讐を超えて=当事者脇山パウロが語るあの日=《4》=ジャズ愛した大佐の息子=脇山家に訪れた運命の夜

ニッケイ新聞 2011年2月9日付け

 運命の日——1946年6月2日午後7時ごろ、まだ9歳だった脇山パウロさんは4歳年上のお姉さんと一緒にお客さんだと思って、玄関の戸を開けた。張り詰めた空気をまとった青年4人が祖父を訪ねてきていた。
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 「父(脇山一郎)が音楽や仕事で忙しかったから、お爺さんと過ごす時間が多かった。厳しいけど優しい、そんなイメージだった」と脇山甚作退役陸軍大佐の孫の脇山パウロさん(74、二世)は振り返る。
 取材に訪れたガルボン・ブエノ街の会計士事務所の奥まった社長室には、父一郎に並んで軍服姿の脇山大佐の写真も飾られていた。
 パウロさんは「祖父は一日の時間割が決まっていて軍隊式にそれを必ず守っていた。夜は僕らに日本語を教えてくれ、その後は唱歌を歌ってとても楽しかった。昼間にサッカーで遊んでくれたこともある」と懐かしそうに思い出す。
 1930年に脇山家は移住した。大佐の息子はコロニアでは有名な音楽家、脇山一郎だ。『コロニア芸能史』(1986年、同編纂委員会)には特別に一節が設けられ、「脇山一郎の秀でた先駆的な足跡は、コロニアの音楽史に永遠に記録されるべきものであろう」(133頁)と明記されている。
 1937年のバストス楽団結成にはじまり、日系初のジャズバンド結成、日米開戦直前に移住地挙げて取り組んで歌劇「浦島」を成功させた。日本精神の権化のような軍人である甚作は、意外なことにアメリカ音楽を愛するモダンな息子を許していた。
 一郎の妻・初野が結核に冒され1943年からカンポスで療養して別居し、脇山家は出聖してボスケ・ダ・サウデ区に住んでいた。
 この頃、高原療養所にいる妻を再々見舞う生活の中、一郎は歌曲「高原の花」を作詞・作曲する。冷たい風が吹きすさぶ高原にひっそりと咲くスミレの花にあやかって、妻を想う気持ちを託したこの曲は独特の陰影と叙情に包まれていた。
 しかし、療養の甲斐なく終戦を迎えた直後の8月17日、初野は結核が悪化して他界した。
 終戦後の混乱の中で人心乱れ、殺伐とした時勢に少しでも生活に潤いを提供しようと、竹内秀一(元日伯新聞総支配人)は日本の歌謡曲のレコード制作を企画し、一郎の下に持ち込んだ。「内紛で暗いコロニアに明るい新風を入れるには、コロニア唯一の娯楽である歌謡曲のレコードを売り出すことである」(『コロニア芸能史』137頁)と考えたのだ。
 日本との国交が途絶えているのでレコードの輸入はできない。戦前に着荷した日本のレコードをコピーしては違法行為になってしまうので、コロニア版のレコード制作が必要だった。一郎は原版吹き込み技術などまったく知らないために最初は断ったが、一郎なしにこの企画はありえないと考えた竹内は執拗だった。
 結局、一郎はその仕事を引き受け、サンパウロ市の仲間を総動員して失敗を繰り返しながら練習を繰り返した。ようやくめどがついたのは1946年5月末。第1回目のレコード録音は6月2日夜に決まった。「コロニアの音楽人の協力によって歌謡曲のレコードが誕生した画期的な瞬間だった」(同137頁)。
 その晩は、奇しくも脇山家に4人の口数少ない青年が訪れた日だった。人生には禍福にいっぺんに見舞われる運命の夜がある。(つづく、敬称略、深沢正雪記者)

写真=「高原の花」の第1回の吹き込み風景(1946年6月2日、録音スタジオで、『コロニア芸能史』より)


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