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百周年式典の着物が未払い=皇太子殿下の前で踊った=日本の呉服屋に161万円=蛯原さん「直接言って欲しかった」

ニッケイ新聞 2011年6月14日付け

 08年6月21日午後、日本移民百周年のサンパウロ市式典の輝かしいハイライト、1200人によって記念音頭「海を渡って百周年」が踊られ、そのうちの皇太子殿下の前に陣取った228人は日本製の同じ着物に帯で揃えていた。実はその代金334万8千円のうち、161万2900円が3年経った現在も日本の呉服屋に払われていないことが分かった。その件を相談された、同音頭の作曲者である島田正市さんは13日昼、記者会見を行って事情を説明し、「今年2月に相談を受けて驚いた」という。着物の発注者である、百周年協会の同芸能委員会コーディネーターだった蛯原忠男さんは「支払いが遅れたのは申し訳ないと思っている。年内に必ず払う。でも請求なら私に直接して欲しかった」と語った。

 百周年のサンパウロ市式典のハイライトとして、3640人のコーラス隊の大合唱、1200人による百周年記念踊り「海を渡って百周年」、最後には千人太鼓が一糸乱れぬど迫力の演奏をみせたことは記憶に新しい。
 この記念踊りでは、皇太子殿下の前で踊る人だけ、同じ着物と帯で踊った。これは前年末に東京都台東区にある呉服屋「やまとみ」(広瀬五郎社長)に注文し、08年の式典当日までに取り寄せた。
 記念音頭とはいえ、百周年の執行委員会が着物の共同購入を肩代わりする件を協議したが承認されなかった。記念音頭を踊る婦人等の熱意にほだされて、蛯原さんの個人名で呉服店から購入した経緯がある。
 ところが3年経っても残金161万円余りが支払われないことから、広瀬五郎社長が全国カラオケ指導協会(本部・神奈川県)の顧問をしている関係で、同ブラジル本部の島田総本部長に今年2月頃、相談をした。島田さんは百周年協会の松尾治執行委員長に報告、善処を依頼した。執行委員長から話を聞いた蛯原さんは、広瀬社長に未払いの件に関する詫び状をFAXで送った。
 その文面の中で蛯原さんは「全て私に責任がございます。支払いがスムーズにできなかったことは、私の個人取引先との不具合が生じた為に、滞ってしまった次第です」と素直に謝罪し、「4月末までに50万円、7月末までに50万円、9月に残金をお支払いしますので、どうか、ご容赦ください」と返済予定を予告した。
 ところが今月13日現在で何も支払われていないことから、島田さんは記者会見を開き、「広瀬社長は非常に男気のある人で、百周年のためだと聞いて帯や着物の業者に頼んでほとんど原価でやってもらったという。それなのに・・・」と強い語調で語った。
 式典前に一着あたり原価割れする赤字値段の約250レアルで着物を売ったが、蛯原さんは「そのお金はもうない」という。人材派遣業を営むことから「こちらから送金するのでなく、日本国内の取引先にお願いして支払う形にしていた。ところが取引先が閉鎖したり、連絡が取れなくなったところが出た。先方に幾ら払い込んだか分からなくなり、呉服屋から請求が来るのを待っていた。放っておいた僕にも責任はあるが、向こうからも請求がなかった。当然全額払う。でも通常の商売のルールとして、直接私に請求して欲しかった」と無念そうにのべた。
 事実、07年12月から08年7月まで4回に分けて計173万5200円が日本国内の人材派遣会社から同呉服店に支払われている。「9月からリーマンショックもあって潰れた取引先もあった」という。蛯原さんは「残金は50万円ぐらいだと思っていた」ので放っておいたようだ。
 さらに4月末に送金しなかったことに関して「東日本大震災が起きて人を送るのがストップしてしまったため」という。ただし、「なんとかやり繰りして今年末までに全額払う」と語った。

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