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世界のウチナーンチュ大会=想い新たに感動の終幕=万国津梁基金を設立発表=若者交流と人材育成に焦点

 【那覇発=深沢正雪記者】4日間にわたって母県で繰り広げられていた5年に一度の県系人の祝典「第5回世界のウチナーンチュ大会」が16日晩に閉会式と、喜納昌吉、宮沢和史、ビギン、ジアマンテスなどゆかりのある有名歌手のショーが行われ、3万人がウチナーのチムグクル(想い)を忘れないと誓い、感動のうちに閉幕した。
 ブラジルからの約1100人を含めた海外勢計5千人は、大会中に21も行われたシンポ、音楽や演劇などのイベントに適時参加し、先祖の地への理解を深めた。
 沖縄タイムス記事によれば延べ約42万人が来場、過去最多を記録した。ブラジルのレキオス芸能同好会は第1回世界エイサー大会に出場して勇壮な演舞をみせ、準グランプリを獲得するなど存在感をみせた。
 中でも3日目の県人会長・新ウチナー民間大使会議では、世界の県系人と県内若者との交流促進と人材育成を主目的とした100億円規模の基金設立(仮称・万国津梁基金)が提言された。
 それを受けて最終日の閉幕式で仲井真弘多知事は、「これから先基金を設立し、世界中のウチナーンチュが双方向で人材育成する提言もいただいた」と前向きな姿勢を強調し、今回が最終回となるという噂が一部で流れていたのを打ち消すように、「ぜひ続けていきたい。第6回大会にはみなさんお元気でまたおいでください」と明言すると、大きな拍手が会場から沸き起こった。
 続いて、野田佳彦首相からのメッセージとして、県系約40万人が世界各地に散らばって活躍しており、「深い敬意を示したい」と代読された。
 さらに与那嶺真次ブラジル県人会長が大観衆を前に壇上に立ち、ウチナーグチで挨拶を語り始め、「この島に帰って来ると自分の家に戻ったみたいだ」と語って、県系意識の深まりを強調した。
 地元高校生を中心に約25団体約1500人が、琉球王朝と移民をからませた歌劇を披露した。
 第6代国王・尚泰久が1458年ごろには万国津梁の鐘を作ったのは、「世界を結ぶ架け橋」になれとの思いからであり、それは後に移民が海外に出たことで実現された。
 その結果、この会場には世界からウチナーンチュが集まっているという物語を、現代風にアレンジした歌や踊りが次々に展開し、観客席からは割れんばかりの拍手が送られた。
 ブラジルに親戚がいる関係で閉会式に参加した南風原町在住の津嘉山アガリシリ仲里さん(55)は、「若者たちの躍動感から元気をもらえた。この大会自体がウチナーの誇りです」と感動冷めやらぬ様子で語った。
 沖縄で育った前堂和子さん(70、神戸)は、「閉会式を見て感動し、震えて涙が出た。自分の魂の中に沖縄のDNAがしっかりと息づいていることを再確認した」とのべた。
 米軍人と結婚して在米30年、オーバーホルサー敏子さん(71、今帰仁)は、「この大会に来るのを首を長くして待っている。帰化しているが私はアメリカ人というよりウチナーだという気持ちだ」と断言した。
 最後に有名歌手によるショーが繰り広げられ、ジアマンテスの城間アルベルトは「沖縄とのつながりを大切にしてそれぞれの国で頑張って、平和な世界のためにがんばろう」と呼びかけた。熱狂のカチャーシーの後、花火も打ち上げられ、ウチナーの祭典は幕を閉じた。

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