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国家事業救った8人の侍=知られざる戦後移民秘話=最終回=現場に必要なのは責任感=ブラジル社会に溶け込んだ人生

今も荒木の机の上に掛けられている長沢亮太所長直筆の額(写真提供=荒木)

 30年前の1982年11月5日正午、ブラジル大統領ジョアン・フィゲレード、パラグアイ大統領アルフレッド・ストロエスネルが完成したばかりの堤体の頂上部を両国側から歩み寄り、そぼ降る雨の中を水門の始動ボタンを押すイナウグラソンを行なった。特別に仮設された観覧席には5千人が集まっていた。
 ジョルナル・ド・ブラジルによれば、パラグアイ大統領は「これは輝かしい未来への扉であり、産業発展への限りない好機をもたらすものだ」とあいさつした。
 上部の水門が開くと500メートルものスキージャンプ台のような形をした越流部を通って、毎秒700トンの余水が加速をつけて下り始めた。最下部のあご状にツンと上を向いた部分では、完成を祝う祝砲のように壮大な噴水となって空に吹き上がった。
   ☆   ☆
 ゴイアス州アナポリス在住の袋崎雄一に4月3日朝、ようやく電話がつながった。最大手の建築会社オーデブレヒトと契約し、大型ダム工事をコンサルタントする袋崎は、ペルー奥地の現場から帰ってきたばかりだった。
 「僕は工業高校出てきただけで、あったのはやる気だけ。あとは全部ブラジルの現場で習った」。袋崎はイタイプー発電所を手がけて以来、中南米各国の大型ダムに関係してきた。毎日のように伯字紙を賑わす、アマゾン地域で建設中のベロ・モンテ、サントアントニオなどの設計にも関わっている。「ブラジルに来なかったら、世界でも有数のこんな大きな仕事に関われなかったと思う」と移住に悔いはない。
 普段は日本語を使わないらしく、電話の途中で流暢なポ語のフレーズが混じる独特のしゃべり方をする。単語だけポ語を借用する普通の一世のコロニア語とは違い、長いフレーズまるごとのポ語を混ぜる二世のしゃべり方のようだ。19歳で渡伯したが、その後の人生をブラジル社会に溶け込んで過ごしてきた戦後移民独特の雰囲気を醸す。
 興味深いことに、一般社会で生きてきたからといって、日本人であることを捨てた訳ではない。むしろ「日本人性」を強く求められた。
 あちこちの現場に呼ばれる理由を問うと、「ブラジルの現場に一番欠けているのは責任感。ダムのように巨大な資金が必要なものは、工事が遅れるととんでもない費用がかさむ。だから期間内に完了することが何より重要だが、それが難しい」。さらに、いろんなアイデアを駆使して施工の簡易化と工期短縮を可能にしてきたから、各社から引っ張りだこになった。
 08年頃に関わったトカンチンス川のエストレイト・ダムでは袋崎が責任者となり、9千人の労働者が働いた。荒木を始め、多くの青年隊の仲間も呼んだ。「あの時は1年間で4日間しか休まなかった」。あまりの重労働に身体を壊し、心筋梗塞の初期症状に襲われた。「毎日3回血圧を測りながら、それでも仕事やったよ」と笑う。
 今のブラジル技術者にもっとも欠けているもの、ブラジルの発展のために必要な要素、日系人が子孫に継承させるべきものがここに例示されている。
 生涯の大半を南米中の現場20カ所余りで過ごしてきた荒木もまた、今も〃初志〃を仕事机の前に掲げている。写真の通り、「青年よ 富士のごとく 美しく雄大に 尊厳なれ」と力強い筆致で描かれた、青年隊生みの親の一人、長沢亮太建設大学校所長直筆の額だ。
 今ではBRICsの一国として世界経済の表舞台に躍り出たブラジルだが、その発展の陰には、朝に晩に霊峰富士を仰ぎながら国土開発を誓った青年隊員らの初志があった。荒木によれば青年隊の1割は土木関係の仕事に就き、当地の産業社会に溶け込んでいる。
 「国家プロジェクトの助っ人の役割を果たした自負心は?」と問うと、「全然ないね。各人の役割を果たしただけ。ブラジルのためとかいうんじゃなくて、自分のためですから」と荒木は笑い飛ばした。奢らず、誇らず、個人主義なところが、これまた戦後移民らしい。(敬称略、終わり、深沢正雪記者)

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