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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年6月6日付け

 5年前の今ごろは、日本で交通事故死事件や殺人事件を犯して帰伯逃亡してきたブラジル人を、日本から裁判に訴える処罰(国外犯処罰)が日本側マスコミを中心に邦字紙でも盛んに取り上げられていた▼当時は在日外国人が最も多い時期であり、ブラジル人だけで31万人を越えていた。今思えば、大量の外国人に対する日本人住民の不安感や違和感が一種の社会的な圧力となって、外国人を問題視する遺族の論調に強い共感が集まったのかもしれない。ある種の社会的〃ガス抜き〃装置のように機能し、頻繁に記事化されていたようだ▼07年2月の初裁判では、日本側マスコミは北米支局からも援軍を繰り出し、サンパウロ市の裁判所前には50人も列をなし、NHKはなんと生中継までしていた。逆に当地マスコミはほぼ記事にしなかった。「交通事故を日本のマスコミが大挙して取材」とエスタード紙が冷やかし半分で扱ったていどだ▼08年10月頃から在日ブラジル人は激減し、今では20万人に減った。それに比例して国外犯処罰の記事は驚くほど減った。犯罪も減ったが、外国人への不安感も薄れたようだ▼むしろ、3月にサンパウロ市で上映されたデカセギ子弟の軌跡を追った映画『孤独なツバメたち』のように、ブラジル人を好意的に描く作品が出てきたのは時代の変わり目を感じさせた。日本生まれ世代の存在が大きくなり、日本人にとって以前より近寄りやすい存在になった証拠だ▼デカセギブーム開始は邦字紙に募集広告が載りはじめた80年代半ば——あと3年で30周年だ。その頃には〃日本育ち〃から日本の発展に寄与できる人材が出ていることを期待したい。(深)

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