第2回=日本から〃再発見〃されて

ニッケイ新聞 2012年9月26日付け

 折々の場面において「こう云うことはあり得ないよね」と言うような批評を下した人もいたが、多くの人〈我々仲間〉は、作品を自らの体験の一部と対比した上で、あり得ることかあり得ないことかを判断していた。つまり、現実的であるか非現実的であるかを問題にし、『うつろ舟』のもっと本質的なものへ目を向けることはなかった。何ごともそうであろうが、客観的に見極める目が同じ側にいる者には欠けていたと言える。 
 この作品が、日本移民百周年の折に、日本のある研究者2人の眼に触れたことによって一躍脚光を浴びることになるのだが、その間の経緯は略すことにして、なぜ日本の研究者に『うつろ舟』が高く評価されたのか、このことについて研究者のお一人から意見を求められ、また、私自身当初から『うつろ舟』に関わってきた関係もあって、その辺の事情を考察してみたくここにペンを執ったのである。 
     ◎     
 2年ほど前、その研究者のお一人、京都の「国際日本文化センター」で教授をされている本著編者の1人細川周平氏と話し合う機会があった。2回ほどお会いしたその中で、私が氏を「〃外〃の人」と敬意を込めてお呼びし、「外」の人の見方と、「内」の人〈我々仲間〉の見方の相違について話し合ったことがある。
 {あなたは〃外〃の人だから〃内〃の人に見えるものが、〃外〃の人には見えない}と言う意味を込め、それを一口で「〃外〃の人だから…」言ったのだったが、聡明な氏は、「外」の人について2つの意味があると指摘され、一つは「コロニアの外の人」、もう一つは「創作しない人」と後日文章(『「外」の人』「国境地帯」21号)でもってお伝え下さった。
 『うつろ舟』について「外」の人と「内」の人の評価がズレるのは致し方ないことである。本質を見抜く目が「内」の人より「外」の人の方にあることは、ある面当然のことで、「自己を知るに自己を以っては成し得ず、他者の目に委ねるのが良策である」と考えている私は、今回のお二人の研究者の〃他者の目〃によって見出された『うつろ舟』の優れた点については、心底納得できるものであったことを告白しておきたい。 
 『うつろ舟』は今年(2010年)8月に、京都市の松籟社から出版された。編者は前述の研究者、西成彦・細川周平のご両氏。 
 《松井太郎の文学は日本語で書かれてはいるが、日本語で語りかけてこようとするような「よそ者」に対しては、懐かしさを覚えるどころか、殆ど殻を閉ざしてしまう。そんなブラジル人の物語なのだ。ただのブラジル人以上に、日本人がなれなれしく言い寄って来ることへの違和感をむき出しにする、そんな日系ブラジル人をこそ、松井太郎は主人公に据えている。—中略— 移民文学の主題が一世世代の異国体験に留まっているかぎり、その文学は日本文学の範疇にとどまったままだ。逆に、二世以降の暮らしが現地国の言語で書かれるときは、その現地国の多文化主義的な国民統合原理に従属する形で現状容認に向かう傾向が強まる。たとえば、東欧ユダャ人一世のイディシュ語作品と、スクリャ—ルのような二世作家のポルトガル語作品を見ていると、そういった対比が鮮明である。ところが、松井太郎の文学は、その何れでもない所に成立している。それは日本文学でもなければ、ブラジル文学でもない。「日本人であることを止めた「元日本人の文学」ということにでもなろうか。」(西成彦) 
 《「うつろ舟」は日本人が自分にとっても、他人にとっても「日本人ではなくなる臨界点を、奥地の大河を舞台に描いている。河は「流れる」ことを最も鮮やかに視覚化した自然の事物で、洋の東西を問わず、詩や人生の隠喩として活用されてきた。「うつろ舟」は河の文学の白眉で、豊富な水が母性的で性的な生命力の根源として描かれている」。《松井太郎はブラジルの日本語文学史のなかではかなり特異な存在だ。日本移民であることを強く意識しながら、同族がブラジル社会のなかで消滅して行くのを当然に流れと見ている。それを惜しむでもない。消え行く宿命を負いながら、一世として無名の同胞に灯明を捧げることを、自分の文筆の務めと考えている。》(細川周平)
 『うつろ舟』が、ご両氏によって、高所に置かれるべき文学作品の水準に達している、ないしは達しようとしている作品であると捉えられ、日本文学が求め得ない独自の文学世界が繰り広げられていること、日本語文学の限界点、臨界点を見極め、そこから外地文学の新たな〃挑戦〃と言う可能性を指し示していることなど、「内」なる我々にはない視点から評価を下しておられる。(つづく) 

写真=日本で出版された『うつろ舟』(2010年、松籟)の表紙



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