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ブラジル文学に登場する日系人像を探る 6—ジョセフ・M・ルイテン「ブラジルのコルデル文学」—民衆本にうたわれる日系人=中田みちよ=第1回

ニッケイ新聞 2013年3月2日

 ブラジルにはコルデル文学と呼ばれるジャンルがあって、ひところずいぶん盛んでした。実際は小冊子になる前に、祭りや広場でアコーデオンに合わせて歌われました。すでに映画などで観ているかもしれませんが…。
 よく歌われたのが英雄もので、ランペオンやカヌードスの乱、奇跡ものではシセロ神父、時事ものではジェトゥリオ・ヴァルガスの死などです。しばしば即興的に民衆とやり取りしながら歌詞を変えていくのでレペンチスタ(即吟者)とも呼ばれ、作詞者はトロバドル、歌い手はカンタドールといわれました。
 起源は中世イベリア半島。ポルトガルでは北部に似たようなものがフォークロルとして存在し、植民の始まりとともに、ブラジル北東部に入ってきました。
 中世期というのは民衆の移動が難しかった時代で、生まれ故郷を離れるのを許可されるのは、戦争と巡礼でした。なるほどねえ、と思います。どこの国の領主も人民が離れていくのを嫌ったんですね。人民というのは労働力ですからね。
 戦争はさておき、中世ヨーロッパには有名な巡礼地が三つありました。ローマ(カトリックの中心地)、エレサレム(キリスト教)、サンチアゴ・デ・コンポステーラ(使徒ヤコブの埋葬地)がそれです。民衆文学としてのコルデルが花開いたのがこれらの場所でした。この三つの場所に自由に行ける人々は、時事的なニュースを語り、冒険話などを相互に交換しあったのです。
 コルデルとは「紐」のこと。紐に吊って公園や空き地の隅などで売っている粗悪本で、本屋などには置いていません。40年位前までは日曜日など、リベルダーデの裁判所横の空き地でも売っていました。樹木の間に紐をわたし、そこに本をぶら下げていて、私は何をしているんだろうと眼を凝らしてみたものです。
 紙質の悪いザラ半紙で、おかしな版画絵(現在はこの版画絵が再評価され、造形美術の人たちが狂喜しているそうです)が表紙です。誰が買うのかなあ、と思って眺めていたんですが、パラパラいる労働者風の人に混じって、時々紳士もいましたから、あれは好事家だったのでしょうか。
 いま思うと、労働者たちはいわゆるセベリーノだったんですね。サウダーデに身をやかれて、日曜日など、ノルデステの香りを求めて集まっていたんです。当時はレプブリカ公園なども溜まり場で、コルデル本のスタンドも出されていたようですが、先日行ってみたところ、市場そのものが廃れきって、手芸と日曜画家がまあまあ集まっていました。
 一口でいうとコルデルというのは、江戸時代の瓦版みたいなものかなと思います。一枚刷りのほかに、A4紙を四つきりにしたような4枚綴りというのが一般的な小冊子ですから、戦後まもなくの闇市に出回ったカストリ雑誌、というのが一番身近な例でしょうか。
 それでコルデルというのは韻文なんですが、これが7・7調か7・5調で大変取っつきがいい。よく考えてみたら浪花節なんですね。というより、日本の演歌は大体この形式ですけれどね。でもまあ、ブラジルでも愛誦される一般的な詩はこのリズムですから、本来的に謡いやすい形なのだと思います。(つづく)

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