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臣道聯盟支部旗を寄贈=息子の山村さん史料館に=母がタンスの奥に秘蔵=「もっと史料を寄せて」

ニッケイ新聞 2013年3月27日

 「僕が死んだら、この価値を理解する人がいなくなる。生きているうちにちゃんとしたところに預けたい」。両親が大事に保管していた聖州ノロエステ線の臣道聯盟ヴァルパライゾ支部旗をガラスケースに収めて、聖市在住の山村保生さん(60、二世)が22日午後、文協の移民史料を訪れ、そう語って寄贈した。「とても貴重なもの。これを機会にぜひシンポなどを開催し、展示したい」と森口イナシオ史料館運営委員長は固く握手を交わした。

 同席した兄の山村徹さん(73、二世)も「実は僕も今日初めてこの旗を見た」とし、保生さんは「この旗は両親が警察の目を恐れて、とても厳重に保管していたもの。誰にも見せてはいけない。きちんとした人に渡して欲しい」と言い残していた。母綾子さん(故人)はタンス奥のトランクの中に、きちっと虫除けを挟んで仕舞っていたという。
 母が07年に亡くなって以来、聯盟旗と書類の扱いに悩んでいた保生さんは、「偶然ネットで見つけた実録映画『闇の一日』(奥原マリオ純監督)を見て、これを撮った人なら旗の価値をわかってくれるに違いない、そう思ってマリオさんに連絡を取った」と経緯を説明した。
 寄贈された聯盟旗に加え、共に残された支部の議事録、写真、手書きの文書などが後日、史料館に寄付される。
 奥原さんは「映画『闇の一日』がこのような形で役立って嬉しい。戦時中の日本人迫害や臣道聯盟に関する史料はまだまだ足りない」と語った。
 勝ち負け抗争を長年調査する外山脩さんは、「歴史は中立の立場から語られるべき。60年以上も臣道聯盟は悪人の集まりであるかのように語られてきた。このように史料が出て実像が分かってくるのは有意義なこと」と評価した。
 森口運営委員長は「私も10歳の時、サントスから24時間以内に強制立ち退きさせられた。日本移民の歴史はまだまだ語られていないことが多い」とし、「ゆがめて伝えられた歴史をより正確な形にしていかなくては」と語った。
 父・保さん(故人、大分県)は1933年に移住し、グアララペスに入植、ヴァルパライゾに転住し、臣道聯盟員として活動した。
 聯盟旗は白地に紫色で「臣道聯盟支部」と書かれ、赤い縁飾りが付いている。「紀元二千六百五年」(1945年)とあるので、終戦直前に同聯盟が結成された前後に作られたもののようだ。縁飾りが一部壊れ、黒ずんだ斑点模様が浮き出ている。
 保さんは戦後50年頃から勝ち組系の昭和新聞の記者をし、同廃刊後57年から日本語塾「正風塾」を聖市ツクルビー区に創立、最盛期の70年代には170人も生徒がいた。83年に亡くなるまで保さんが同塾を経営し、以後、綾子さんが03年まで続け、07年に亡くなった。
 保生さんは「勝ち負けに関係なく、コロニアに起きた事実を残さないといけない。これを呼び水に、もっと臣聯に関する史料が発見され、史料館に寄贈されることを期待している」とし、映画『汚れた心』に関して「臣聯が暴力集団のように描かれるのは心外。聯盟旗があるといったら、親戚から『父親も人殺しか』と聞かれた。正しい歴史が広まらないといけない」と語った。

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