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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2013年10月18日

 一時帰国し、故郷静岡の空気を吸ってきた。仰ぎ見る霊峰富士、通り過ぎる東海道線の電車、踏切の音。すべてが懐かしくて、どこか新鮮だ。夜道が怖くない。水道の水が飲め、しかも美味しい。生卵をご飯にかける前に「古くなっていないか」と心配することもない。生活環境のすべてが快適な状態に整えられていると、あらゆる場面で痛感した▼特に本屋に入ると「日本語の結界が張られた空間」だと強く意識した。すべての本の表紙が読めて意味が分かる、それだけで格別のありがたさを感じた。怪談「耳なし芳一」は身体中に経文を書いて怨霊から身を守ったが、普段ブラジルに住んでいてたまに戻ると、まるで日本という国家自体が日本語という〃結界〃に守られている—ような居心地の良さを感じる▼夜道が怖くないという治安の良さ、水道の水が飲めるという良質な上水道環境、新鮮な食品を輸送するインフラなど、日本の人には当たり前のことが、当地から行くと有難いと感じる▼日本の自殺者が毎年約3万人と聞くたびに、「決行する前にぜひ途上国旅行を薦めたい」と思う。先進国や観光地ではなく、「普通の世界」を見た上で考え直してほしいと。ブラジルでは毎年4万人が交通事故死し、日本の8倍だ。銃犯罪死亡者に至っては3万人で、比較すらできない。贅沢なはずの環境の中で自ら命を絶つ3万人がいる一方、同じ数が銃で撃ち殺される国もある訳だ▼居心地の良い〃結界〃の中で堂々巡りして閉塞感を高める傾向が、日本の人にはある気がする。外の現実を自分の目で見てもらい、まずは「日本に生まれてよかった」と感じた上で、大きく悩んでほしい。(深)

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