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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦後編◇ (118)=父が先発隊、子は最終居住者=「桂」日本人植民発祥の地

ニッケイ新聞 2014年2月5日
中村忠雄と娘テレーザ

中村忠雄と娘テレーザ

「ジポヴーラ(現地名)にずっと住んでいたかった」。桂植民地で生まれ育った中村忠雄(85、二世)=レジストロ在住、13年3月12日取材=は残念そうに繰り返した。彼と清美夫人(セッテ・バーラス生まれ、二世)が最後まで住んでいた日系人だった。

07年に治療のためにレジストロへ転居した。忠雄は「妻の病気を治すのに仕様がない」と言葉少なげに語った。「僕がいた間は最後まで電気が来ませんでした」と驚きの証言をする。

忠雄の父は、西館家(第31回)を桂に誘って世話をしたあの中村伊作だ。伊作は佐賀県出身で米農家だった。「日本の土地は2アルケールぐらい。父は大きなところで仕事をしたいと移住を決心した」。1913年に先発隊として桂に入り、「最初は金を稼いで何年かしたら日本に帰ろうと思っていた。でも儲からなかった」。後に20万余がたどる心の旅路をまっさきに歩んだ。

青柳の志を引き継ぎ、米作りにこだわった。1935年頃に父らが中心になって精米所も作り、サントス、聖市まで出荷していた。「一回作ったらその土地を休ませる。だから広い土地が必要だった」。

「戦後は20家族まで減っていた」。西館は桂でピンガ工場を75年までやっていたがイグアッペに出て、ほぼ中村家だけになった。忠雄は12人兄弟の8人目。「みんな結婚すると出て行った。僕が最後に残った」。

母が生きていた頃、食生活にも潤いがあった。「ママイがロバーロで作る寿司、刺身が一番のご馳走だった。天長節の時などは天ぷら、おはぎもあった。小さい時の楽しみは天長節の運動会」と思い出す。そんな母も80年頃に亡くなった。

川育ちの忠雄だが釣りはしない。「週に1、2回、トライーラとかダガルーを食べる分だけ網で捕る。一番美味しいのはロバーロなんだがなかなか捕れない」。鶏がいたから卵もあったし、フェスタの時は豚をしめた。

「日本語学校は僕の時にはなかった。だから僕は日本語覚えなかった」。若い頃の楽しみはサッカーだった。「ガイジンと日本人が一緒になってプリメイロとセグンドという2チームを作り、毎週日曜に試合をやった。イグアッペまで遠征することもあったよ」。ポジションはザゲイロだ。

伊作は53年に胃ガンで聖市の病院で亡くなった。「父は最後まで桂を出たくないと言っていた。だから僕も出たくなかった。他で生活したことなかったから」。桂にこだわりぬいた父の姿をみて育った忠雄だからこそ、最後まで残った。

「米売って子供を学校にやった。日本に行ったこともない」。子供は6人生まれたがイグアッペやレジストロに進学し、帰ってこなかった。「パパイも一回も日本に帰らなかった。パパイの口から『死ぬ前に一度日本の土を踏みたい』とか言うのを聞いたことがない。ママイも行っていない」。

娘のテレーザ(48、三世)も76年まで桂にいた。レジストロに進学して以来こちらで生活し、母の病気を機に両親を呼んだ。「父は桂に居たいというがあそこはあまりに不便。〃最初の植民地〃の誇りはあるけど、住み続けるのは難しい。もうあの土地も売ったわ」。つまり、日系人が所有する「桂」はもうこの世に存在しない。

父が先発隊として桂に入り、息子が最後まで居残った。「最初の植民地に最後まで残った日系人という誇りを感じるか?」との質問を忠雄に投げかけたが、無言が返ってきた。ただ「70年代からずっと日本人は僕ら二人だけだった。電気もなく、道路もなく不便だった。でも慣れていたから別に寂しくはなかった」とだけ答えた。

イグアッペ市には08年1月11日にルーラ大統領と文化大臣が署名して「ブラジルの日本人植民発祥の地(Berco da Colonizacao Japonesa no Brasil)」の称号が贈られた。まるで、その称号の申請が行われたことを見届けてから、最後の居住者・忠雄が転住したような不思議なタイミングだった。(つづく、深沢正雪記者)

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