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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=7

 病気になったら働けぬ。仕事が出来なければ耕主の得にはならぬ、とその道理を説いて借して貰えれば、双方の得となる。体力の限界は何としても避けなければならない。耕地を離れ、大塚さんの手伝いに来てはじめて気が付いた。なぜもっと早く気付かなかったのだろう。そうと気が付いたら何だか元気が出たように思える。
 もう、ここに来て何日になるだろうか。大塚さんの所には、うちの大きい兄貴と同じ位の長男、その次に日本に残った誠兄さん位の次男、その下にまだ男の兄弟ばかりが4人と、全部で6人子供のにぎやかな家族だが、皆無口のようだ。来る時には言葉を教えて貰うのを期待していたのだが、当てが外れたらしい。まあいいや、棉摘みの手伝いに来たのだから、とあきらめていた。次の日曜日になったら「今日は皆で町にシネマに行こう」と誘ってくれたので連れて行ってもらった。
 町と言うのは、移民列車で降りたドゥアルチーナ駅の周辺だそうだが一向に覚えがない。まだ4カ月ほどしかなっていないが物覚えが悪いのだろう。気が付くと皆が道々色々な事をよく話しかけてくる。皆人見知りをしていたのだろう。僕はちょっぴり恥ずかしかった。シネマ館にはたくさんの日本人客が来ていた。
 知っている人が多いらしく、皆の友達も5~6人来ていた様だ。シネマが終わってからアイスクリームを買ってもらった。長い間食べなかったし、ブラジルにあることすら知らなかった。ソルベッテと言うらしい。もう一つ覚えた。棉はアルゴドンだと教えてくれた。
 大塚さん宅は、家も自分達の小屋とは大違いで広く立派だがそれでも電気はない。ブラジルでは電気は町だけにあるものらしい。日本だったらどんな山の中の一軒家でも電気のない家はないのだが……久さんの話では、外人から「日本には自動車があるか、汽車はあるか」と聞かれるそうだがそんなのがあるのは言うまでもない。ブラジルこそ農村地帯には学校すらなく、子供はもちろん、大の大人でも大方の人が字も知らず、計算も出来ない全くの無学と言うから驚きだ。
 今いる三坂耕地は、日本人4家族だけで普通日本語ばかり。外人は見たこともなかった。ここに来て、初めてそんな話を聞いてびっくりした。これも大塚さん方に手伝いに来た為に知った。「帰って家の人達を驚かしてやろう」などと考えながら、大塚さんの家族になったつもりで棉摘みにはげんでいるが、慣れないので家の人達には及ばない。
 エンシャーダだったら、どうやら一人前に出来るようになったが、棉摘みはそうはいかない。棉は中腰で摘まねばならないので、腰が痛いし、指先が血だらけで痛くてたまらない。家の人達ばかりでなく、外の人達も指先が血だらけ、と云う人はいない。やはりコツがあるのだろう。慣れると血だらけにもならず、もっと早く摘めるようになるからと言われた。そんなものか、やはり慣れるまでなのだろう。
 早朝はひんやりと気持ちがよい。遠い所から歌声が聞こえてくる。文句は分からないが日本の歌ではないらしい。ふっくらと開いた棉は気持良い。4、5個の棉で手の平が一杯になる。摘んでいって篭一杯になると、大きい麻袋に移して、叉篭一杯になまるまで摘む。その繰り返しで、早い人は一日に80キロ程も摘むそうだが、自分にはまだその半分位しか摘めぬ。という事は半人前というところか、恥ずかしい位だ。帰るまでには50キロ位までには成績を上げたいと馬力を出した。

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