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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=17

 夢のような勇壮な作業が一段落したら、互いの顔は真っ黒になっており、見別が着かない程で笑い合い、中にはシャツに大穴が開いており、飛火に気が付かずシャツに火がついたが軽い火傷で済み、大事には至らなく喜んでいた。これだけの大仕事、それも総勢40人近い山焼も無事に大過なく出来た事は皆の喜びであった。すると耕主よりの心付けとして祝酒を贈られた。二重の喜びだった。
 見渡す限り倒された大木と枝だった山も、今は黒一色に累々と転がっている焼けた大木とあちこちに火を吹いている枯れた立木。その向うに正に煙の雲の中に沈まんとする真赤な太陽が見えた。ミレーの名画を見るかの様に、自然と頭の下る神々しさに感慨にひたり感銘の一日が終わった。
 一夜明けた早朝前日の人々が全員集まって焼け跡の周辺に立っていた。昨日の感動の覚めやらぬ面持ちで先輩の一人が皆に注意すべき事があると話しだした。あと2、3日の間は焼け跡に入ってはならない事の大事さを説明した。
 なぜかと言うと何百年もの自然の中には、枯れていた大木もあり、その枯れた大木の根は2、3日の間、まだ地下で焼け続けている事があるが表面は灰で覆われているため見えない。有り得ることだ。焼山は相変わらず方々で燻っているし、枯れ木も風にあおられ火を吹いているのもある。
 早く自分の畑を見廻したいという気持は皆同じなのだろうが、先輩の注意は最もだし守るべきだと相変わらずの馬鹿面して焼畑を見守っている。もう何時頃だろうと空を見上げても陽は見えない。此の季節は方々で畑作りに忙しく皆山を焼いているせいだ。空は一面の煙だ。2、3日後の忙しくなる前の良い休みかもしれない。
 家に帰ってみたら、おやじと兄貴が家の図面とにらめっこで新しい家の図面引きに一生懸命だ。前の家はパトロンが作るのを手伝っただけだが、今度は自分達だけで全て建てなければならない。でも見よう見真似で大方の見当はついている。どんな木を柱にするかも今一だし、道具もないので屋根は茅葺きと決めた。近所に長く住んでいるブラジルの言葉の達者な者で、為仁さんという人が家を建てるのに色々と調達してくれることになっているそうだ。今は仕事が無いので植え付けの時期まで手伝ってくれるらしく、井戸掘り職人も知った人が居て、その世話までしてくれるそうで大変助かる。いよいよ家建てに取り掛かる。
 大工道具は神戸で一組買って来てあるが、半分は使えない。ブラジルの開拓小屋は家とは名だけの掘っ立て小屋で丸太ばかり柱に掘り立て、壁はヤシの木の四割。他の材料も山焼けの材料ばかりで、釘も大きいもの何本かと針金があるばかり。開拓山小屋は原始人の家と同じ。原始時代には針金が無かったので、蔓でヤシの四割をまいただけの違いでなんら変わる所がない。
 これでも3カ年住む御殿。15日位で幅6メートル、長さ12メートルの住居が出来上がる。材料は皆焼山の物、屋根の茅も草原の物。買った物は何束かの針金だけ。これで現代人が住むのだからおかしなものだ。
 次に取り掛かったのは井戸掘り。先に云った為仁さんが連れて来てくれた井戸掘り職人は、黒人のちんちくりん。5尺ちょっとの小柄な日本人と思えばよいが、色は真っ黒。明日の朝早くどこを掘るかを決めるという。出来るだけ近くに掘る様にと注文したが、翌朝でないと分からないとの一点張りだった。どうやって水脈を見つけるのだろうか、僕も興味しんしんで朝早くから待っていた。

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