樹海

 米国人政治学者のジーン・シャープ(86歳)は「非暴力抵抗運動の父」と呼ばれる。朝鮮戦争の時に「良心的兵役拒否」で9カ月服役、ハーバード大学の国際関係センターで研究を行い、著書『独裁体制から民主主義へ』『武器なき民衆の抵抗』等は数十カ国で訳され、〃アラブの春〃や〃東欧民主化〃など、長い間続いてきた独裁政権を民衆が打倒した一連の抗議運動の理論的な支えとなり、09年と12年にノーベル平和賞の候補にも挙がった▼「独裁勢力は民衆が政権を受け入れ、降伏し、従順することにより成り立っている」と考え、「抗議行動、説得、非協力、干渉などにより独裁勢力を倒すことができる」と主張する。興味深い言葉としては「独裁政権側は兵器、軍隊、秘密警察の全てを持ち合わせている。そんな状況下で武器を取るのは敵の最強の道具で勝とうとするようなものだ」がある。デモ行進の先頭に若い女性を配して警官や兵士に花を渡して友好的雰囲気を醸成し、「独裁政権の同じ被害者」との共感を育むのもその方法論の一つだ▼思えば68年のブラジル軍政反対デモ行進の写真には、すでに着飾った女性が手をつないでデモ隊の最前列に並んでいる。実はブラジルではシャープ以前に平和的デモが実践され、83~4年の「ジレッタス・ジャー」(大統領直接選挙請願運動)も無血デモ行進によって実現した▼独裁政権を終わらせても権力の暴力は無くならないし、戦争も続く。次に必要なのは「民主主義下の平和をどう実現するか」「宗教紛争をどう緩和するのか」等の方法論だろう。宗教や人種対立のない当地の日常にこそ、そのヒントが転がっていないか。(深)

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