ホーム | コラム | 樹海 | 短歌大会の怪作、快作

短歌大会の怪作、快作

 全伯短歌大会の投稿には、入賞しなくても実に面白い歌が多々見られる。「コレアかと訊かれてすぐにジャポーネースと答える吾はブラジル生まれ」(水野昌之)などは、まるで川柳のように軽やかに二世の心情を詠んだ作品で大いに笑わされた▼農業関係では「雑草の中にて咲ける花大根移民残せし思いで深し」(浦野マルガリーダ)も、かつて日本移民が耕していた土地で、ブラジル人が食べない大根がひっそりと花を咲かせている様子を詠み〃強者共が夢の跡〃を思わせる。かとおもえば「しっかりと定着し柿はこの国にCaquiと呼ばれて五月色付く」(上妻博彦)もフェイラでブラジル人の売り子が元気よく売り込んでいる情景を思い起こさせる▼地名を織り込んだものでは「リベイラのかわもにつらなる灯籠の御霊よかえれ恋ゆる祖国に」(早川量道)は、幻想的な灯籠流しの光景の中に、帰りたくても帰れなかった戦前移民の想いを灯籠に込め、「せめて死んでから御霊だけでも祖国に」と願った作品だ。「惜別と出逢いで埋めるチエテ駅涙ぐみし娘を乗せて発ちたり」(寺田幸恵)はサンパウロ市の大学に進学する娘をバスターミナルで見送るという、二世の多くが体験した故郷離別を詠んだのか▼「われ乗せて回る地球の静けさよみるみる朝の日のぼりくる」という、まるで宇宙船の窓から地球を覗いたよう光景を詠んだのが90代半ばの崎山美知子さんだと聞き、感銘を受けた。1932年にアマゾン奥地マウエスに入植した崎山比佐衛(美智子さんの義父)の志の勇壮さに通じるものを感じさせる。アパートの窓からの日常的な光景が、長寿ゆえの達観によって到達せしめた境地か。(深、敬称略)

image_print