ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(4)=金三百オンス=《3・終わり》=銃を頭に当てて責任をとる

ガウショ物語=(4)=金三百オンス=《3・終わり》=銃を頭に当てて責任をとる

 だが、唄うなんて、あの時のわしには!……
 栗毛が大きく息をついて座りこんだ。耳を動かし、闇を嗅いでいる。浅瀬の渡りのところだ。この荒馬には場所がちゃんとわかったんだ。
 チビのやつが、まるで喘息持ちみたいな息をしていた。わしは馬を下りた。
 木の葉一枚動かない。物音一つ聴こえない真っ黒な下闇は恐れを抱かせる……、怖い? いや、ガウショに怖いものなどないさ。
 下の方から、石ころに当たって弾(はじ)ける水の音が聴こえる。蛍が闇に光の模様を描いて遊んでいる。わしは先ほど休んだ場所まで下りていった。手探りで、サランジの枝の繁みを探り、幅広帯や拳銃を置いてあった石を見つけて、隅々まで掌(て)で撫でまわした――もっと向うまで、もっとこっちまで……。だが、ない! 何もない!……
 胸の奥に冷たいものを感じた……親方はきっと俺が盗んだって言うだろう!……盗んだって!……。なぜなら俺が金子(きんす)を失くしたりするはずがないからさ!……。まさか! 盗っ人、盗っ人だって、この俺が!……。
 たちまち愚かな考えが頭をよぎった。俺は死ななけりゃならん。恥さらしな疑いから逃(のが)れるためにだ。
 そうだ。それ以外に道はない。死のう……いますぐ、この場で!
 拳銃をベルトから抜き、引金の安全装置をはずし……十字を切って、それから、太く冷たい筒先を耳に当てた……。

「ああ、お若いの! 神様はおいでなさる!……」
 絶望のどん底にいながら、ふと目の前を見ると……水に映った「三人マリア」が光っている……。わしに寄り添うように石の上に座ったクスコが、わしの手を甞(な)めている……。その時、土手の上に残してきた栗毛が高くいなないた。
 それに申し合わせたように、コオロギが、すぐそばの倒れた木の洞(うろ)から楽しそうな音色を響かせ始めた。――お前さん! わしを常識はずれだと笑うかも知れないが、あの時、たしかに神様はあの星の光の中におられた。神様があの畜生どもを通して、わしが愚かなことを仕出かそうとするのを引き止めて下さったんだ……。
 忠義もののチビは、わしの周りにいる人々の友情を思い出させてくれた。栗毛はわしに自由を、仕事を思い出させた、そして、あの唄うたいのコオロギは希望をくれた……。
 その通りさ! お若いの。わしは粗野な人間でさ……人はいつも顔はみるが、心の中までは見ないもんだ。ところが、あんた、あの時、わしの心の中は、まるで真っ昼間の荒れ野で日差しをいっぱいに浴びた、一本の立ち木のようなものだった。神様の光が八方を照らしていた!……
 それから、すっかり人心地も落ち着きも取り戻して、拳銃を元のベルトに戻した。煙草を巻き、火打ちを打って、一服やることにした。

 そして考えた。三百オンスという、わしにとって途方もない大金を失くしたのは、だれでもない、ひとえにこのわし自身の責任だ。いつでも何事にも注意深いわしに、どうしてそんなことが起こったのか、まったく説明もつかないのだが。
 こうなったからには……ちっぽけな牧場と、一握りしかいない大人しい牛たちを売るしかない――子供らのための乳牛二三頭と耕作用の一組を残して――、もちろん、赤毛の馬たちも全部手放すことだ……これでさっぱりする! 十分足りるはずだ。もしも暮らしに事欠くようなら……まあ、その時は、また、どうにかなるさ……。しかし、ほんのもののはずみで、男一匹死のうとするなんて……家長ともあろう者が……とんでもないこった!
 それから、ゆっくりと土手を登っていった。わしに気がつくと、馬のやつは轡(くつわ)を噛みながら頭を上げ下げした。
 足綱をはずし、馬具を着けさせた。栗毛はすぐに向きを変え、わしはその背に飛び乗ると、ほっと一息ついた。
 クスコは喜び勇んで跳ね回った。こうして駆け足と全力疾走をくり返しながら、コロニーリャの大牧場に帰ってきた。
 牧場の柵に沿って角を曲がると、おもや母屋の明かりが見えた。たちまち犬どもが走り出してきて、わしらを取り巻いた。栗毛も近くに仲間がいることを感づいて、高らかにいななくと、厩舎から馬たちのいななきが返ってきた。
 作業場で馬を下りると、傷んだ端綱をはずして栗毛を解放してやった。栗毛はよほど嬉しいのか、元気いっぱいに跳ね回った。
 それから、わしは母屋に向かった。戸口で立ち止まって「キリストの祝福を! 今晩は、皆さん!」こう挨拶して中に踏み込むわしの足元には、クスコがぴったりと寄り添っていた。屋敷の広間には、四人ばかりの客がくつろいでいた。例の、わしが駆け出したときに到着した連中だ。輪になってマテ茶を飲んでいた。

 テーブルの上には薬缶が一つ、そして、その脇に、まるで強烈な日差しの下で長くなっているジャララカみたいな格好で、腹のぽこんと膨らんだわしの幅広帯が横たわっていた。中には、きっと三百オンスがつまっているんだ。
「キリストの祝福を! やあ、兄貴、今晩は! ところで、あんた、さぞかし肝を冷やしただろうな……」
 みんなは大笑いさ。いい連中ばかりだった。
 わしも一緒になって笑い出した。笑いながら、幅広帯をながめ、足元に寄り添っているチビのクスコを眺めていた……。

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