ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(6)=黒いボニファシオ=《2》=草競馬の賭けで勝負

ガウショ物語=(6)=黒いボニファシオ=《2》=草競馬の賭けで勝負

 あいつは、まだすっかり手なずけていないに荒馬に乗って、意気揚々と現れた。尾に白い毛の混じった青鹿毛で、長い脛に厚い胸、細い耳には鋏で切れ込みが入れてある。たてがみ鬣は首の半分まできれいに切りそろえて、尻尾は根元から三本の三つ編みにしてある。馬はその尾を誇らしげに高く上げていた。
 そしてボニファシオの後ろには、物慣れた様子で、いかにも蓮っ葉な感じの田舎娘が得意顔で乗っていた……

 全くもって、しようのない女たらしさ!
 あいつが伊達に気取った様子といったら、あみだに被ったつば広帽子を太い革ひもで鼻の下にひっかけて、首には赤いスカーフを「共和党結び」。腰に巻いたかわうそ川獺のなめし皮は青いタフタの縁取りがあって、おまけにまだら牛の斑点よりもたくさん の房かざりで飾り立てていた!
 その上、腰には刃渡り六○センチもある山刀を誇らしげに突刺していた。
 やつは自信たっぷり、一人で歩き回って、ものを言うときも誰の顔も見ないで、声高にいばり散らしていた。
 何しろ、たいした野郎だったね。

 まあ、それはとにかくとして。奴はしばらく周りの目を引いていたが、そのうち田舎娘を馬から降ろして脇に追いやった後は、そいつのことはすっかり忘れてしまったらしい。もうかなり酔っ払った様子で、今度はトゥジーニャの機嫌をとりはじめた……娘の馬のそばに自分の馬を寄せると、何気ないようすで――それこそ「今日は」も何も言わないで――草競馬の賭けに誘ったのさ。
 娘っこは例の臆病な鹿のような目でチラッと見ただけで、相手にしなかった。だが男が繰り返して誘うと、トゥジーニャは頷いた――後で話したことによると、唯ただ怖かったからだそうだ――。葦毛が勝ったら、菓子を一ポンドもらうことになった。葦毛はナディコの馬だ。
 話はまとまった。
 奴は馬乗りの名手だ!青鹿毛の手綱を引くと、後足立ちで回れ右をした馬の腹に、間髪をいれず拍車を食い込ませた。コーヒーカップの受け皿みたいに大きなヤツだ、馬は半ば横向けに、だが、慌てる様子もなく駆け出していった。
 四人の生っ白い若者は顔を見合わせた……。ナディコは蒼ざめていた、まさに死人のようにだ……。
 トゥジーニャは、すぐに、小鳥のさえずりよろしく喋り出した。そして今の出来事はまるでなかったみたいに、忘れられかけていた。
 ところが、どっこい!……ボニファシオの運命のサイは投げられていた……
 まあ、聞きなされ。
 二頭の競争馬は入場してくると神経質そうにひづめ蹄の先で土を蹴っていた。どっちの馬も、口に含んだ水を噴きかけられて、毛並みがきれいにととのえられていた。
 合図が鳴った。走り出す、ぐんぐん走る、勝った! ナディコの葦毛が頭の差で勝ったのだ。
 レースが終わると、みんな声高にしゃべりながら八方に散らばって行った。ちょうど巣を毀された蟻っこみたいにさ。仲間同士で集まって、負けた者が払ったり、何か不平をこぼしたり……しかし、かくべつ問題も起きないで何とか円く収まったようだった。なんでって、だれ一人どこかがおかしかったとか、取り立てて言いだす者がなかったんでね。
 それから、馬主のふるまいのぶどう酒を飲もうと大勢集まってきた。馬主はみんな心の広いガウショそのものだ、ことに負け馬の主のテレンシオ少佐は。
 そして、トゥジーニャが歓声と拍手で迎えられた。
 ところが賑やかに乾杯したりからか揶揄いあったりして、連中が楽しんでいる最中に、あの憎たらしいボニファシオが現れたというわけだ。まるでみんなのお祭り騒ぎに水を注(さ)そうとするみたいに。居酒屋の前で馬を止めると、駄菓子をくるんだハンカチ包みをトゥジーニャに差し出した。「負けたんだから、約束だ……」
 笑っていた娘っこはふいに笑うのを止めると、奇妙な横目で――それはお互いによく解かり合っている者同士の眼だ――相手を見つめた……。何かよからぬことが起こりそうだと予知したのだろうか、それを避けようというつもりか、「母さんに渡しておくれ。いいわね」と頼んだ。
 歯をむき出して不満顔の男は、娘の言葉には耳もかさずに言い返した。(つづく)

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