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移民・棄民・貴民・日系人=マリンガ 園尾彬

 私は高卒後1年半を八幡製鉄所事務員として働いた後、1958年兄の家族と共に農業移住者として船で来ました。来た当初は、「昔の『移民』とは違う。自分は戦後教育を受けた新しい『移住者』なのだ」という自負がありました。しかし、当地では『新移民』と区分されました。
 農場で2年働いた後、運命に流されるまま、マリンガ、イパチンガ、日本移住事業団サンパウロ支部・リオ支部、ニテロイ、在リオ日本国大使館と職場を変えて働きました。どこでも日本人としてではなく、現地人すなわちブラジル人として採用されました。
 1970年代になると、『技術移住者』達が続々と飛行機でブラジルにやってきます。先のめども無く来た農業移住者と違って、定まった職場があり高給待遇でした。彼らからは「昔の『移民』『移住者』とは違う。自分らは『技術移住者』なのだ」という気概が明らかに感じられました。
 当時、事業団・大使館での『現地採用職員』『現地補助員』という処遇に将来の不安を感じ夜間大学で勉強していた私は、旧移民たちが昔『棄民』と感じたその心情がよく分かり、移住者も移民も全く同じだと自覚するようになっていました。
 そして1972年、私はブラジル人として生きることを決意しました。帰化認可式典では、ブラジル国旗を前に国歌を起立斉唱し、国家への忠誠を誓いました。市内広場で催される軍隊による新規徴用兵入隊式典では、整列する何百人かの若者の中に参加し、厳粛な式典の後、年齢による徴兵免除証を受け取りました。
 このようにして私はブラジル帰化人となったのです。しかしブラジル社会ではどうしても日本人として扱われます。日本人からは祖国を捨てた『移民』、ブラジル人からは東洋人の顔を隠せない『日本人』として見られてしまう、まことに不可思議な社会環境のなかで生きることとなりました。
 1970年代後半になると日本企業進出が多くなり、『移民』たちは急に「『棄民』ではなく『貴民』だ」などと持て囃されます。されど1980年代後半、ブラジル経済悪化で殆どの日本企業は急ぎ足で去っていきました。1990年代に入ると、今度は移民たちが日本へ働きに行くようになります。『貴民』であれば『出稼ぎ』ではなく『里帰り』と言う様な温かい呼称はなかったのか、とも思いますが、3Kの仕事に携わる移民にそんな温情は与えられなかったようです。
 そして移民開始から107年を過ぎた今、移民たちの混血も進み、日本人の血を引く者達はすべて一様に『日系人』と呼ばれるようになりました。私は、このような変遷のなかで兎に角一生懸命生きてきました。日本人の少ないリオ市では、常に胸元に『私は日本人です』というプレートを下げた思いで46年を過ごし、老年になった一昨年、亡兄の家族を頼ってマリンガへ帰ってきました。
 『移民』とは一体何だったのか、しみじみ自分の過去を振り返るこの頃です。

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