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ニッケイ歌壇 (492)=上妻博彦 選

      サンパウロ      武地 志津

強風に煽られ落ちて傷みたる小鉢の仙人掌生気が失せる
色褪せし蟹仙人掌を朝に夕に透かし眺めつ一縷の望み
ちんまりと蟹仙人掌の枝(え)の先に今朝みつけたり四つの蕾
ほんのりと色滲ませつ膨らみし蕾は開くオレンジ色に
垂れ下る枝(え)の先に花もたげ咲く蟹仙人掌の花びらやさし

  「評」あの激しい土俵の、実況表現から、手しおにかける仙人掌の蕾に見つめ入る、多彩な表現は文芸力の深さと言うか蕩蕩としてつきない。

      グワルーリョス    長井エミ子

異国(とつくに)の長き明け暮れを驚きぬ白髪(しらが)染めをる人の侘しく
あちこちと旅行だよりの冬ひと日ユーカリの葉の舞い落つを見る
酔芙蓉昨日の色もないまぜて冷たき朝にはなやぎ開く
愛犬を亡くし流るる年月(としつき)は石の重みを胸に座しをり
氷雨降る山家の森のほの暗し群れなす蝶のむくろのありや

  「評」一首、自己の明け暮れを客観化した侘しさを詠みこなしている。四首下句『石の重みを胸にして座す』五首、『氷雨降る…蝶のむくろ』等、心象を練り上げた作品群。

      サンパウロ      相部 聖花

エスカレーター歩いて昇る習慣あり人気(ひとけ)少なき朝買い物す
わが庭の花それぞれに歴史あり思い出の花思い出の人
変わり映えせぬ庭なれど時折に花のつぼみを見付けいとしむ
ミッサにて久に集いし親族と挨拶かわす名は思い出さねど
議会でのヤジ睡眠は与・野党の緊張感なき法案審議

  「評」日々のふわっとした思いを静かな事象詠としてつむぎ上げてゆく、リアリズム歌人。曾ては邦字紙の編集部記者でもあった。だから五首目の様な批評眼も現れる。

     サンパウロ       坂上美代栄

来伯の父はしきりに悔みいる十年若くば移住せしものと
実直を通せし父は停年を小さな局の局長で終ゆ
恩給をもらいつ父は同輩の亡くなりゆくを真から惜しむ
筆談のボードに父は「よろしい」といく度も記し静かに逝(ま)かる
火葬の日「きれいに上がる喉仏」ささやきあれど吾は見やらず

  「評」実直であった亡父を偲ぶ歌。作品も実直に詠まれている。二首目二句目の『もらいつ父は』、『もらい居つつ父は』のつづまった語である。過去完了『もらいつ』にあらず。四首目五句、『逝かる』東国上代語『謙譲体』『ゆかれる、ゆかつしやる』等。

      イビウーナ      瀬尾 正弘

盛会な今朝のごミサの説教は司祭も穏やか今日は母の日
家族づれ今日は母の日教会へ司祭のお話し長ながと続く
教会のあまたの壁画それぞれの時代の聖者苦難の歴史
ブラジルのカトリコ信者半減とか先ずエコノミック若人の多くは
若人は時は我が世と羽撃きて神仏祈願は彼方の世界

  「評」ただひたすらに働きつづけた青年移民達の今は、司祭の講話を長ながと聞くのである。あるいは、神戸の港で別れたままの人もあるだろう。そして聖者の苦難の歴史を仰ぎ見るのだが、世の若き世代はエコノミックの世界に羽撃くのである。

      ソロカバ       新島  新

NYのマークの付いた野球帽求めし愚妻その意を知らず
寝姿は小さく思う老妻の座した姿は威厳そのもの
俳壇に歌人K氏の作品が初投稿とは思えぬ出来で
面白き本読み居ればバスポント乗り越すことも珍らしくなし
※『バスポント』はバス停のこと。
直ぐ脇を過ぎる自動車のエンジンの音も聞こえず肝を冷やせり

  「評」何んでもない事がらを掬い取り作品化する、その韻律が効果よく働いているのが読む者の心をとらえるのだろうか。

      バウルー       小坂 正光

高名な歌人の秀歌の数々を吾れ心してページをめくる
大正に生受け昭和平成と準二世われ異国に住み古る
ブラジル人のアジア支配の解放に祖国は東亜聖戦をなす
民族の存続の為昭和帝はポツダム宣言受諾し給ふ
敗戦の形取りしがわが祖国皇位存続し神洲滅せず

  「評」この国に渡り住む準二世のはかり知れない苦悩の末の思想と信念が、二首以下に読みとれるのだ。

      サンパウロ      遠藤  勇

年毎の秋は来りぬ変わりなく迎える人の常にあらざる
月齢は三十日(みそか)の闇の静寂に身を浸しおり秋深みおり
秋日和薄着のままで外出して帰途は夕ぐれ鳥肌が立つ
文章の筆記半ばで日はくれぬ明日があるさとミクロ閉じたり
※『ミクロ』はコンピューターのこと。
明日あると何の保障もないけれど自己を信じて眠り安らか

  「評」あるがままの日々のなかに己をまかせきる作者、達観した生活作品。四首目の『明日があるさ』、五首目『自己を信じて眠り安らか』、氏の宗教観が感じられる。

      サンパウロ      武田 知子

ドライブのしまなみ海道生口島原爆画家の古里を訪う
生口島の画廊でいたく気にいりしシルクロードの絵のおびただし
とぼとぼとシルクロードを行くラクダ銀座の画廊で出会い求めし
水墨画の師より戴きし油絵はレシーフェの海今は遺品に
間部画伯ガリンペイロを書き呉れし今は思い出しばしの空港
※『間部画伯』とは、日本生まれの日系ブラジル人画家。

『ガリンペイロ』とは、ポルトガル語で金などの鉱採掘人、発掘人のこと。 (藤巻修允著『ダイヤの夢』より)

『ガリンペイロ』とは、ポルトガル語で金などの鉱採掘人、発掘人のこと。 (藤巻修允著『ダイヤの夢』より)

  「評」戦後七〇年、日本人には忘れることの出来ない原爆、その広島の生口島を訪う作者。被爆者自身にはふれず、ひたすら絵画に、あるときは茶道にと目を向け、忘却につとめた。あたかもシルクロードの旅の様だったと想っているのかも知れない。だからこそ、茶の道の世界に打ち込んでおられる。静かな追想の作品。

      アルトパラナ     白髭 ちよ

おごそかな読経始まり亡き人が聞きて御座すか今日二十三年忌
先祖供養の法事も今日は集いし人のハーフ多くして法話はポ語のみ
法事済み客も帰りて一安心静かな吾家の元に戻りぬ
雨降りて寒さ又来て寒がりの吾はテレビと読書に耽ける
テレビにてサンタカタリーナは氷点下六度と聞きて此処はまだ良し

  「評」ブラジル生れの作者が、先祖の供養を引きついで行っている。已に傘寿半ばの周囲にはハーフの子孫達が、そして法話もポ語のみと言うのである。そして客もひき静かな佇いの中に物を思うのである。

      カンベ        湯山  洋

蘭に羊歯観葉植物等吊し庭の花小屋妻の憩い場
簡単なビニールハウスの小屋なれど我招かれて一服する日々
消毒や鉢替え作業を手伝えば吾にも花に愛着が湧く
小春日や花小屋の隅の日溜りで小鉢を抱いて妻は居眠る
この鉢は吾らの歴史を語る花苦楽を共に親の代から

  「評」妻への愛着が花小屋を通じて、そして親から子にと傳わる花器に思いをつなぐ叙景が四首目に穏やかに表現されている。

【「南船」掲載 長谷草夢歌(昭和四十年)】

洞窟の中に寢てゐるかそけさを布団の中にくぐもり思ふ
冬ごもりひそみてありしもろもろの身じろぐらむか穴の奥にして
足うらに汗のにじむを感じつつ春になりたることを思へり
ゆく雲の白きを見れば安らかにすでに遙けき過去となしたり
浜芹に砂のかまるればわびしかりわが青春を思ひ出したり
松風の音ききながら草まくら遙かに旅をゆくべかりけり
しろじろとうづきの花の咲きにほふ夕べの宿に帰りつきたり
夏雲の輝く見れば手のとどく所にもののありし日思ほゆ

【「くひな」掲載 羽生幸一歌(平成二十六年)】

台風の過ぎ去りし跡花びらも羽毛も沈め潦(にはたずみ)澄む
空地より吹きくる風に運ばれて団地の路地に絮(わた)降りて来し
砕石の積まれし河原夕映えて水は片方(へ)に寄りて流るる
板塀をくぐり来し猫が背伸びして庭の日だまりにおもむろに座す
走り根をふみ行く山路をりをりはどんぐり落つる音を聞きつつ
トラックの荷台に積まれ売られゆく仔牛ら澄める眼(まなこ)して鳴く

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