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終戦70年記念=『南米の戦野に孤立して』=表現の自由と戦中のトラウマ=第27回=「圧力鍋」が爆発した理由

 『不適応』は、海外不適応の舞台がブラジルのような《発展途上国では、一般に万事が激烈であり、また直接的な形をとりやすい。まず、在留邦人の呈する不適応現象の表れ方は、どちらかというと急激で強烈なものとなりやすい》(44頁)と指摘する。敵性国人として扱われ弾圧を受けた戦中は、まさにその条件に当てはまる。
 中根は、海外における日本人集団が持つ特徴は「独特のスケープゴート(いけにえ・非難の対象)づくり」(『不適応』155頁)だとし、《海外の日本人たちは、驚くほど共通して、自分らのグループ以外の日本人ないし日本人集団に対して強い近親憎悪的な気持ちを抱き、それをスケープゴートにしている》(『不適応』158頁)と分析する。
 迫害したのがブラジル政府だったのに関わらず、勝ち負け抗争の大半の事件が日本人同士で起きた理由は、その辺りにあるのかもしれない。
 なぜ日本人同士で攻撃し合うかと言えば《あくまで身内であり、身内の親しさや気を許し合う心があるからこそ、安心して攻撃を向け、また近親憎悪も生ずるのである。その意味では、海外に出ても、また海外で何年経っても、日本人はあくまで日本人でいるのである》(『不適応』160頁)
 岸本が認識派からスケープゴートにされたのも、戦前から日本語教育分野で目立った存在だったからだろう。
 《その対象はきわめて慎重にかつ巧妙に選ばれ、そのために弊害がでないようよく配慮されている。(中略)それは日本人であり、しかも自分らと直接の利害があってはならない。たとえ日本人でも、利害が直接にある場合は、あとで問題が生じてしまうし、いわんや現地の人を対象にすれば大変なことになる》(『不適応』158頁)
 勝ち負け抗争でブラジル人は基本的に狙われなかった。地方の強硬派の若者が出聖して、戦前からの指導者を狙った。農村に住む強硬派にとって、都会の認識派リーダーは直接に関係のない人物であり、スケープゴートにはちょうど良かったのかもしれない。
 中根は《なぜ日本人はこのようなスケープゴートをつくるのであろうか》をこう分析する。
 《理由は簡単である。海外の日本人は、これをつくってたえず攻撃していないと精神の安定が保てないからである。その証拠に、ストレスの多い、過酷な条件下におかれている日本人ほどその程度が著しい。必死になってその対象にくらいつき、スケープゴートに仕立てて執拗に攻撃しつづける。それによって、辛うじて自分の安定を保持しているのである。それぞれが病的なほどスケープゴートにこだわり、執拗にもて遊んでいるわけで、その程度は適応力のない人ほど著しくみられる》(『不適応』159頁)
 ヴァルガス独裁政権の同化政策、米国による反日キャンペーン、人種差別、サントス強制立退きなどの過酷なストレス下で数年間を過ごした日本移民の中から、〃帰国熱〃が高じて現実逃避傾向が高まる一群が出てもおかしくない。現在から客観的に見てみれば、不適応を起こしてスケープゴート探しをしても何ら不思議はない状況だ。
 本当はブラジル社会からの迫害が心理的なストレスの原因であっても、その不満の矛先は、このような心理作用によって同胞に向けられた。
 いわば、コロニアという「圧力鍋」は、戦前からの人種差別という弱火で延々と加熱されて、帰国熱という圧力が高まっていた。そこへ戦争という超強火に切り替えられ、鍋に海外不適応というヒビが入り、終戦のショックが最後のドトメとなって大爆発(勝ち負け抗争)した―と考えられないか。(つづく、深沢正雪記者)

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