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県連故郷巡り(北東伯編)=歴史の玉手箱=第8回=中尉「父は死にそうに失望した」

藤田十作日本庭園の資金をお願いに行った時の写真。マルタ・スプリシー観光大臣(左から2人目)、3人目がカピトン・フジタ(Foto=Familia Fujita)

藤田十作日本庭園の資金をお願いに行った時の写真。マルタ・スプリシー観光大臣(左から2人目)、3人目がカピトン・フジタ(Foto=Familia Fujita)

 ルジアさんは「戦中のこの記憶は、家族のトラウマとして残ったわ。私たち子どもの服や本まで無くなったのよ。壊された家のドアや窓を直して、ようやく戻れるようになるまで、親戚の家の、土間の家政婦部屋に家族で住まわせてもらった。両親ががんばり、親戚が支援してくれたから、私たちは学校に通い続け、決して退学や留年はしなかった」と昨日のことのように鮮明に思い出す。
 1942年、まだ6歳だったカピトン・フジタもはっきりと略奪の時を覚えている。
 「苦労して新築した家の中に何もなくなってしまって、『こんなになっては子どもたちに教育が施せない。もうおしまいだ』って、父は毎日泣いてばかりだった。明日にでも死ぬんじゃないか、というぐらいに失望していた」。
 そんな時、15歳だった姉ルジアが先頭に立って家族を引っ張り、家業の立て直しをした。「僕らは父に『絶対に家は元通りになるから、お父さんも安心して』と説得し、姉は教会が経営する学校へ、僕はお金がかからない陸軍の学校に進学した」。
 カピトンは17歳でフォルタレーザ予備校からアグーリャス・ネグラス軍アカデミー(AMAN)に進学し、中尉になってから軍籍を離れ、建設技師としての経歴を築いた。
 カピトンは「陸軍学校の卒業式で、将官の印として短刀を授与された時、父は涙を流して喜び、強く僕を抱擁した」と思い出す。

藤田十作日本庭園を上から夕刻に俯瞰した様子。市内の一等地にあることがよく分かる(Foto=Familia Fujita)

藤田十作日本庭園を上から夕刻に俯瞰した様子。市内の一等地にあることがよく分かる(Foto=Familia Fujita)

 セアラー州日伯文化協会は、カピトンが1970年に創立し、今も会長を続ける。手にするタブレットには、何千枚もの写真が入っており、次々に有名人と撮った記念写真を見せる。見覚えのある顔が写っていると思ったら最高裁判事のジルマール・メンデスだった。「彼とはアミーゴだよ」と笑う。「レナード・アラゴンもこの町に帰ってきたら、僕と昼食を食べるんだ」とも。
 それだけの政界、法曹界、実業会での顔の広さが、公園実現の背景にあった。「どうしても父十作を顕彰したかった」と振りかえる。停滞している時期も長かった
同協会だが、移民百周年を機に息を吹き返し、公園建築を実現させた。
 ポーボ紙によれば、十作は子供らに次の3点を常々説いていた。(1)《天皇陛下は神の子》《日本国という大家族の父》という言葉の元は、おそらく天皇陛下を「現人神」と呼んだ時代の雰囲気、戦前の家族国家観「八紘一宇」を思わせる。さらに(2)《日本帝国は戦争に負けたことがない》(3)《年上を敬うこと》と。
 とはいえ、実際にカピトンや姉と話した実感としては、〃明治の日本精神〃を感じさせるものは特になかった。唯一、藤田十作日本庭園に立つ四つの柱に鋳抜かれた文字「訓育」「我慢」「決心」「苦心」「献身」「根気」が、明治男がセアラーに遺した気概を伺わせるのみだ。(つづく、深沢正雪記者)

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