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【2016年移民の日特集号】大統領罷免問題=これは〝クーデター〟なのか?=論説=ジウマ側が見ようとしない現実=失政に学ぶ姿勢が未来に繋がる

大統領府でのイベントのたびに「私はクーデターの被害者だ」を繰り返したジウマ氏(Foto: Lula Marques/Agência PT)

大統領府でのイベントのたびに「私はクーデターの被害者だ」を繰り返したジウマ氏(Foto: Lula Marques/Agência PT)

 ジウマ大統領の罷免問題は、伯国の中での「左翼」対「右翼」の対立としても国際的に話題を呼んだ。「これは、左翼政権に反感を持つ者たちのゴウペ(クーデター)なのだ」「1964年の軍事クーデターのときも状況は一緒だったのだ」と労働者党(PT)支持者の左派は叫んだ。だが、本紙でここ数年、伯字紙の翻訳に従事しながら、ジウマ大統領をはじめとした伯国政治の動向を見てきた立場から言えば、強烈な違和感を感ぜざるを得ない。


ジウマが責められるそもそもの要因

 そもそも、ジウマ大統領罷免の声が叫ばれはじめた2015年には、そうした「左」対「右」の声は大きくなかった。
 国民の怒りは、あくまでPTが民主運動党(PMDB)や進歩党(PP)ら連立与党政党と共謀した、石油公社ペトロブラスを舞台とする世界最大級の汚職事件に向けられたものだった。連邦警察のラヴァ・ジャット作戦(LJ)が2年前から炙り出し、どんどん白日の下にさらされてくる中で、国民の憎悪が高まって来た。「左翼憎し」といった感情はあくまでも二の次だった。
 加えて、ジウマ大統領が、公共銀行からの借り入れを前政権までの規模の「10倍」に膨らませていたことで、2014年の財政責任法違反に問われたこと。
 14年の大統領選挙でジウマ陣営が隠していた不利な財政関係の数字の存在が、財政責任法の追及の過程でどんどん明らかになってきた。選挙時に厳しい舌戦の前に惜しくも敗れたアエシオ・ネーヴェス氏や、健闘したマリーナ・シウヴァ氏が、当時から強く選挙やりなおしを願っていたことの根拠が再確認された形だ。
 ジウマ大統領は、「私は何も罪をおかしていないのに大統領の座を追われようとしている」と、国の内外を問わず叫び続けている。だがそれは、14年の財政責任法違反が、「前任期の最終年ゆえに今任期での罷免要素にはならない」という憲法に救われた幸運があったに過ぎない。選挙高等裁判所の管轄であったということで、罷免審議の材料に含まれていなかったが、大統領選時の数字隠しの問題も「犯罪」と判断されうる材料に充分になるものだった。
 今のところ、本人はラヴァ・ジャット作戦で贈収賄などの罪は犯してはいないものの、ジウマ氏が主張するほどの「潔癖性」はそもそもなかったようにみえる。


ジウマがおかした本当の失敗

 ジウマ氏は、自分の所属政党が大きな汚職を犯そうが、国の経済状況が未曾有の後退を記録しようが、法の仕組みに助けられる形で、他国の元首のように辞任することなく大統領であり続けることが出来た。
 15年12月に、LJでの数々の収賄疑惑で傷のついたエドゥアルド・クーニャ下院議長が、腹いせに大統領罷免審議に動いても、それで実際に罷免になると考えた人は政府やマスコミ、国民にも少なかった。
 だが、16年2月下旬から事態は一転した。
 まず、ルーラ前大統領が、聖州グアルジャーの高級住宅を媒介したLJ疑惑の企業からの収賄疑惑で、聖州検察とLJの二つから問題視され、事情聴取を受けた。
 加えて、ジウマ氏の14年の選挙参謀だったジョアン・サンターナ氏が選挙時の不正献金の収賄で逮捕された。
 聖州検察はルーラ氏の逮捕を求め、聖州地裁がLJ作戦を管轄するパラナ州連邦裁判所のセルジオ・モーロ判事に逮捕の判断を任せた。
 その途端の3月16日、ジウマ氏はルーラ氏を官房長官に据えようとした。就任の表向きの理由は「経済再建」と発表されたが、それがモーロ判事からの逮捕逃れのためだと、誰からも疑われた。現在は連邦議員ですらないルーラ氏に大臣特権を付与することで、モーロ判事の管轄から外すという〃逮捕逃れ〃だ。
 さらにその直後、連邦警察が盗聴したルーラ氏の就任決定直後のジウマ氏との疑惑の会話が、モーロ判事の判断で公開され、伯国民は大混乱となった。まさに「逮捕逃れ」を伺わせる内容だったからだ。
 これら一連の動きが起爆剤となって国民の怒りが爆発し、3月13日の反政府デモが伯国政治史上、最大規模のものとなった。
 もし、ジウマ氏がルーラ氏を守るような疑惑の判断に動いていなかったなら、その後に、罷免審議で休職にまで追い詰められていたかはわからなかった。
 さらに、これと同時期に、ミシェル・テメル副大統領が依頼していた「PMDB党員の閣僚人事の登用の一時凍結」の約束を破り、ジウマ大統領は同党のマウロ・ロペス氏を民間航空局長官に指名した。
 凍結を願い出たのは、「PMDBが連立与党に留まり続けるかどうか」を党大会で決めるまで待ってほしかったためだ。ジウマ氏のロペス氏指名で、PMDB内の与党に留まろうとする空気が一気に冷え、連立離脱の引き金を引いた。
 最大政党のPMDBが与党を離脱したことで、連立与党内の有力政党が次々に後に続いた。もし、ジウマ氏がテメル氏の願いを聞き入れていたならば、下院の罷免投票で大敗することもなかったかもしれない。


「左翼」対「右翼」の図式にすり替え

 3月下旬から、ジウマ大統領罷免の気運が高まると、ジウマ氏は「これはゴウペだ」「罪を犯していないのに辞めさせられる」と、口を開くたびに呪文のように繰り返し続けた。
 連邦議会の流れでは、ジウマ氏の願いもむなしく下院の投票で大敗し、上院も罷免審議を受け付けることになったため、最大180日に及ぶ停職処分を5月12日に受けることとなった。
 だが、ジウマ氏の繰り返す「ゴウペ発言」は、大多数とまでは行かないまでも、国内で強い反対派の共鳴を呼び、その余波は国外にまで及んだ。国内では、社会運動団体や学生や学者、そして、PTとの結びつきが古い芸能界にまで及んだ。
 社会団体は、「もし、政権をPTが譲ることになれば、社会の下層にいる人たちはまた切り捨てられてしまう」と貧困層の恐怖心をあおった。それは、ジウマ大統領やルーラ前大統領が14年の大統領選の際に、北東伯での選挙運動で「我々が敗れるとボウサ・ファミリアがなくなるかもしれない」と言って煽って無理矢理に当選した図式を、今回も繰り返そうとしているように見える。
 芸能人たちは、「今の状況は、1964年に左翼のジョアン・グラール大統領が軍事クーデターにあった時と同じ状況だ」と主張した。その中には歌手のカエターノ・ヴェローゾやシコ・ブアルキ、女優のソニア・ブラガという国際的知名度のスターも含まれていた。それゆえに、国外の人には理解の混乱も招いた。
 CIA元職員エドワード・スノーデン氏による米国のスパイ活動の実態暴露を世界で最初に報じた、アメリカのジャーナリスト、グレン・グリーンウォルド氏も、「ジウマ氏はクーデターに直面している」と世界中に報じた。この背景に、「リオに住む同氏の男性の恋人が熱烈なペチスタ(労働者党支持者)」という事実があることは、ほとんど報じられていない。
 ジウマ大統領は「どうクーデターの被害者になったか」を世界の新聞メディアへの取材を通じて訴えた。その反応としては、クーデターと解釈しない国のメディアの方が多かった。
 とはいえ、左翼寄りのものの中にはジウマ氏を支持するものもあった。とりわけ、南米に左翼政権を広げた故ウゴ・チャベス前大統領のベネズエラをはじめ、南米の左翼国家で目立った。


実際に伯国で起こっていることは?

上院の罷免特別委員会の様子(Foto: Pedro França/Agência Senado)

上院の罷免特別委員会の様子(Foto: Pedro França/Agência Senado)

 このような過程もあり、見方によっては、本来、汚職や社会混乱の追及をジウマ政権に純粋に求めていた人たちまでもが、気がついたら、あたかも「左翼政権に楯突く右翼」でもあるかのような印象さえ与えかねない状況が生まれていた。
 だが、今回の件でジウマ大統領を擁護する左派側から、PTのラヴァ・ジャットでの責任や、財政破綻にもつながったジウマ氏の粉飾会計、ルーラ氏の逮捕逃れの政府要職就任疑惑や、14年大統領選での違反疑惑について語る声はほとんど聞かれない。
 汚職に関しても「とって代わろうとしている政治家たちはもっと汚いのだ」と具体性のない印象論的な反論を繰り返すのみだ。
 その一方で、左派の人たちが恐れている「低所得者の貧困激化」以前に、この社会と経済の混乱で、中流階級から下流に転落した人が100万人規模にも及んでいるという報道もされはじめて来ている。苦しんでいる国民は、既存の貧困層だけでは最早ない。
 このような一連の事実から目を背けて、社会主義の国でもない、民主的な形で様々な政治形態を持ちうる国において、うまくいかない政権に対して憲法に従った手順で交代を求めることが、「クーデター」と云えるのか。
 ジウマ政権から様々な疑惑が暴露され続け、それに政界や国民が怒りを抱えているのに、「反省」や「失敗を認める」ことをしない方がよほど反動的ではないのか。
 PTが軍事政権と戦ってきた人たちでなりたち、「弱者の味方」を標榜してきた政党であるのはたしかだ。だが、失政すれば下野も待っていることは、同党も支持者も認めなくてはならないところだ。腐敗を認めなければ、支持者もろとも、かつての社会正義のために戦った過去にも泥を塗りかねない。
 まだ、ジウマ氏が実際に弾劾されるかどうかは確定していない。だが、ラヴァ・ジャット作戦にはじまる今回の罷免騒動からの反省を、今後の政治や社会、経済に反映させてこそ、伯国社会の前進があるはずではないか。(2面翻訳記者・沢田太陽)

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