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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(17)

「いっぱいある細かい電線の接続には苦労したな。あれだけ何十本という線を間違いなく繋ぐのには本当に神経が疲れたよ」
「本当にな、電気を通してカラーシグナルがちゃんと設計通りに点滅した時は嬉しかったな」
「エー、ほんとか、リカルド。俺はな、赤や緑のシグナルランプを見てたら、ファブリシアーノの色電気とマリア・ボニータの姿が目に浮かんだよ。人間様も時々、電気を通さねと、管がつまって故障してしまうぞ」
「ワー」と笑い声が上がり、皆次々とビオロン美人、熱々美人の話をし出した。
 やがて、「ファブリシアーノの色電気を見に行こう」
「オー、マリア・ボニータと完工式ををやろう」
 口々に言いながら、宿舎を出て、車を運転して出て行った。
 勝次は適当な言い訳をして遊びに行く皆と別れた。
 自分の宿舎に暫くぶりに一人きりになると、まだ眠気もない。「そうだ」前から気になっていた妹のさと子への手紙を書き始めた。
「さと子、元気でいるかい。そこでは他人の家で自分の思い通りにいかず、いやなこともあるだろうけれど、どうか我が儘を出さず、小母さんや一緒に住む人たちに気に入られるようにして下さい~~」
「今働いているところには、今までみたこともない様な日本の優秀な大型機械がドンドン入って来ています。一緒に働いているブラジル人たちも、これを見て皆感心しています」
「日本はすごい、アメリカやドイツに負けないな」と言っています。お陰で僕たち日系人も、ここでは肩身の広い思いをしています。父ちゃんが言っていた『日本は立派な国だ。自信を持っていい』と云うのが本当だと分かりました。日本の良いことが現物で、この眼で見れて、とても嬉しく思っています」
「戦争が終わった後で、『日本は敗戦三等国だ。西欧物質文明に打ちのめされた日本の精神偏重方式などは捨ててしまえ。勝ち組は気違いの集りだ』などと言っていた人達にここを見せたい思いです。さと子も自信と誇りを持って強く生きて下さい。一生懸命努力している人にはそのうち必ず良い日が来ます」
勝次は馬や羊のいるなだらかな故郷の丘、小川や木陰がある、みどり溢れる景観を想った。そこに、母親似で色白な、やさしい眼差しのさと子の顔が浮かんだ。
 幼くして両親を亡くし、乙女ざかりを他人の家でつましく暮らしているさと子は、色々と人知れぬ苦労もしているに違いない。狭い田舎の社会では、軍警に刃向かった犯罪者のように謗る人もいる。どうか、そんな声にくじけず、若々しく、元気でいてくれ。
「~~先日ミナス銀行経由さと子にお金を送りました。十分ではないかも知れないが、欲しいものでも洋服でも買って下さい。きちんと支度をした綺麗なさと子の姿を見たいものだね。心も身体も元気でいてね。健康で真面目に努力していれば、その内きっと良いことがあるから~~」
 ドーセ河沿いの夜は川面からもやが上がり、しんとして深かった。
 「ホー」遠く夜鳥の声が聞こえた。

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