ホーム | コラム | 樹海 | 「奴隷の呪い」とゼネスト

「奴隷の呪い」とゼネスト

5月1日、労働者の日のパウリスタ大通りデモの様子(Foto: Paulo Pinto / AGPT)

5月1日、労働者の日のパウリスタ大通りデモの様子(Foto: Paulo Pinto / AGPT)

 4月28日(金)朝、ゼネストを勝ち誇るように「サルネイ政権時にインフレ激増へ抗議した1980年代以来の大型ゼネスト」との仰々しい文字がならぶメールが、左派組合広報から送られてきた。かと思えば、反PT系言論人はテレビやフェイスブックで、「ストの名を借りた暴力沙汰。あれはストではなく、プロテスト(抗議行動)だ」「一部の組合が参加しているだけ。あくまでCUTらが自称する〝ゼネスト〟。本物のゼネストは欧州でやっている全部が止まる本格的なもの」など過小評価するコメントをならべていた▼どちらも一理あるが、共に極端な感じがする。この種の出来事のたびに「奴隷の呪い」という言葉を思い出す。たとえば日本には「島国根性」という言葉があり、地理的環境に加えて人為的に「鎖国」までした歴史が、いまの国民性を形作っている。ブラジルの場合、奴隷制度が長く残っていたことで、その裏返しとして「奴隷の呪い」のように過剰に労働者の権利を保護する国民性が生まれたのではないか―という気がする

コンテンツの残りを閲覧するにはログインが必要です。 お願い . あなたは会員ですか ? 会員について