fbpx
ホーム | 文芸 | 連載小説 | どこから来たの=大門千夏 | どこから来たの=大門千夏=(20)

どこから来たの=大門千夏=(20)

 それを見た友人は「ブラジルでは食べ物を持って帰ることは恥です。貴女のしたことは恥ずかしい事ですよ」ときっぱりと言いはなち、その上「ブラジルでは食べ物を持って帰るなんて習慣はありません。あなたのしたことは大恥です」と再度言われて恐れ入ってしまった。
 食べ物を持って帰ることがそんなに恥ずかしい事なのだろうか。目の前に残したものは、皆、ゴミ箱ゆき? ああ、なんてもったいない事。
 今、世界にはすべての人々が食べるのに充分な食料があるにもかかわらず、死亡原因の第一位が「飢え」だと言われている。五秒に一人、五才未満の子供が飢えで亡くなってゆく。これは毎日一万七、八〇〇〇人の子供なのだ。骨皮になって、母親の腕の中で死んでゆく映像を見たことがあるが、このときの衝撃は今もって忘れられない。食べさせられない親の気持ちを考えると、このサンパウロでぬくぬくと生活している事に感謝しながらも、それ以上に罪悪感を覚えるのは私だけだろうか。
 あの裕福だと思っていた日本にも格差が広がって、いま子供六人に一人が(一六・三%)満足な食事すら与えられていない状態だと言う。信じられないような世の中になってきているのだ。
 どうしてこんなことが起こるのだろうか?
 食べ物を持って帰ることは、この国ではそんなに「恥ずかしい」事なのか?
 ケチでいやしい私は、もったいなくて、友人を失うより食べ物をすてる方が心痛む。でももし恋人に、「君、イジマシイ事やめてくれよ」そう言われたらアアアどうしよう。食べ物を捨てて恋人を取るかしら?
 いやいやきっと、こんな人とはやって行けないわ、と悪口言いながら、やっぱり残り物をつめてもらって持って帰るに違ないい。(二〇一五年)

サンパウロの浮浪児

 慈善団体を持っていたことがある。
 日本から来た中古の衣類や靴などをバザーで売って、そのお金で必要としている所に必要なものを買って届ける仕事をしていた。
 このバザー会場は小さな一軒家で、この家からすぐ近くに大きな無人ビルがあった。
 その広い軒下に浮浪児…と言っても一五?一六歳で私より背の高い男の子が二人寝起きしていたが、ひと月もすると七?八人に増えた。終日毛布にくるまってごろごろしている。
 乞食が近所の家を襲う事はないでしょうとは言いながらも油断禁物、早く警察に連絡しないといくらでも人数が増えそうだ。彼らが突然やってきて「アッサウト(強盗!)」と言うんじゃあないかと我々も心細くて、この家の玄関に頑丈な鉄格子の扉を取り付けるように、あわてて注文したほどだった。近所の人たちは「さわらぬ神にたたりなし」で、近づく人はなく、あれだけ親切でおせっかいなブラジル人でさえ、誰一人世話をやく人はいなかった。
 透き通るような青空の下、四月初めだった。
 近所にいるあの浮浪児が二人してやってきた。じろじろと中をうかがっていたが仕事をしている私を見つけると、鉄格子の柵を左手で握って「チアー(おばちゃん)」となれなれしく呼びかけて来た。思わずボランテアで来ている女性達は玄関から遠くに飛び散った。
 筋肉のないやせた体つき、棒のような手足、子供の頃、食べるものも満足になく育ったにちがいない。北伯の奥地で見た子供たちと同じ体格なのだ。今、右手をポケットに入れて表情を硬くしている。

image_print

こちらの記事もどうぞ