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どこから来たの=大門千夏=(28)

 この家の母親が園長先生で、大学を出たばかりの大層美しい娘が手伝っていた。ご主人は影が薄くて時折見かけるくらいだった。そしておばあちゃんもいた。もうとっくに八〇歳を超えていて、家の前のベランダで、小さな体を、籐椅子の中に埋まるようにして日向ぼっこをしながら、ひがな居眠りをしていた。
 ちょうどあの日は冬休みに入った数日後だった。我が家のベランダから見ていると、朝から幼稚園にたくさんの人が出入りしている。男は背広にネクタイ、女は(ほとんどお年寄りだった)紺か黒のスーツ、園長先生も今日は明るい紺色のスーツ姿。四〇数年前はまだみなさんきちんとした格好をしていたわけだ。
 何だかみんな張り切っているように見える。皆が皆に挨拶している、緊張している。オヤ、娘さんが見える、今日はおしゃれをして明るい光沢のあるピンク色のワンピース姿、美しい人が一段と麗しく見える。いつもはブロンドの髪を後ろにまとめて輪ゴムでくくっている人が、今日は綺麗にとかして肩までおさげにしている。忙しく歩き回って皆に挨拶している。
 なにごと? いったい何があるんだろうか見当がつかない。そうだ婚約式に違いない。この家でするのかしら、相手の男性はどんな人?まだ来ないみたい。しかし皆の顔には表情がない。明るくない。
 でも彼女の周りだけは明るい華やいだ空気が漂っている。若い人はいいな、一人いるだけで場の雰囲気がすっかり変わってくる。どんどん訪問客が増えてきた。あっ、わかった。ご主人の定年退職祝いだ。
 数日後、近所のブラジル人から、おばあちゃんが亡くなったのでお葬式だったと聞いた。うそ! だってあのピンク色の服を着てお葬式? まさか!
 でも本当にそれ以後おばあちゃんを見かけたことはない。やっぱり本当だったのだ。葬式に何色をきても誰も文句を言わない、陰口もきかない。
こんな気楽な国があるの? びっくりだなーもおー

9 乞食

 近所のバールの横に乞食が居ついた。
 上背のある大男で肉ずきもよく、小奇麗でとても乞食には見えない。この男は最初は歩道の端に遠慮深そうに座っていたが、誰かが段ボールの切れ端を持ってきてくれてからというもの、これをお尻に敷いてから急に自信ができたのか、堂々と座って乞食らしくなった。そのうえ誰かが毛布をくれたらしく、これをかけてゆうゆうと朝九時を過ぎたころに目を覚ます。と、バールからコーヒーとパンが届く。これを道行く人をじろじろ見ながら無表情で食べている。別においしそうではない。その上、驚くなかれ昼食はお弁当が届く。私の食事よりずっと上等だ。焼き肉に目玉焼き、油で揚げたジャガイモまでついている。糖尿病になるよ、と私は心配する。
 そして食後にはコーヒーを飲んで、さも満足したといった顔をしている。
 ブラジルの人は親切この上ない。おおらかというか優しいというか大まかというか、働け!と怒鳴ったりもしない。あるがままを受け入れる、というのだろうか。
 一日中座って、何が楽しいのかじっと通行人を凝視して、午後になると又ゴロンと横になる。地面すれすれの目線から通行人を観察するとどんな感じなのだろうか、きっと私たち誰も知らない世界を感じているのだろう。

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