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半沢友三郎の壮絶な戦時体験=フィリピンの戦いとブラジル移住=(10)=ブラジル移住を決心

第13航ぶらじる丸移住者らの集合写真(中段左2人目から友三郎さん、久四郎さん)

第13航ぶらじる丸移住者らの集合写真(中段左2人目から友三郎さん、久四郎さん)

 戦争の記憶を語り終えた半沢さんは「戦争っていうのは、もう…」と考え込むように口を噤んだ。「誰それがどんな風に死んだとか、しょっちゅう聞いて、自分らもそろそろ終わりかと思っていた。戦争中、逃げるために自分の赤ん坊を殺した人もいた。酷いものだった」と回想し、呟くように「戦争っていうのは、ひどいですよ」と繰り返した。
 母方の祖母は、半沢さん達の様子を見に何度も栄作さんの家を訪ねてきたそうだ。
 半沢さんは「『遠いところからよく、歩いて来るなあ』と思っていた。でも周りの人から見ると、自分たちは『いつ死ぬかわからない状態』だったんだとその後、気づいたよ」と苦笑した。 祖母は半沢さん達の様子が良くなってくると喜んでいたそうだ。
     ◎
 半沢さんは小学5学年の年齢になっていたが、4学年から通い始めた。学校では周囲の子供から「親なし子だから根性が悪い」と悪口を言われたりといじめにあった。
 「自分はいじめっ子に口答えしても仕方ないと無視していたが、久四郎は彼らとよく喧嘩したりと、どこかつらそうにしていた。いじめっ子たちは、親がいない子を見ると、何を言っても良いと考えるんだろう。自分は休み時間には、静かにずっと本を読んでいた」と振り返った。
 半沢さんは中学生になると、漠然と海外移住を考えるようになった。
 中学校を卒業し土木作業の仕事を始め、収穫期には栄作さんの農業の手伝いをした。その後、日本通運から臨時の配達仕事を受け始めた。当時、米国とソ連の冷戦に関するニュースが多く報じられ、半沢さんの戦争の記憶を呼び起こし、憂鬱にさせたそうだ。
 22歳の年末に労働組合から日本通運の正社員雇用の通知が来た。
 中学生の頃から外国への移住を考えていた半沢さんは、お世話になった栄作さんとたった一人の家族である弟を残して行くことが気がかりだったという。半沢さんは悩んだまま正社員の話を受けた。
 年を越し、1月2日の仕事はじめと歓迎会を含めた新年会から帰ってくると、栄作さんの養子が家に来ていた。驚く半沢さんに「爺さん(栄作さん)が亡くなった」と告げた。
 叔父の死にショックを受けつつも、外国移住の夢が再び目の前に出てきた。
     ◎
 久四郎は雇われ先の米屋の主人と揉め事を起こし、夏頃に解雇された。
 半沢さんが久四郎を外国移住に誘うと、久四郎は「良いじゃないか!」と二つ返事で承諾した。
 数日後に栄作さんと父の墓参りをし、線香をあげて決心を告げた。その後、労働組合に行き、辞職する気持ちを伝えた。
 そしてその年の末、1958年12月30日に横浜を出港し、1959年2月4日にサントス港から入国した。ブラジル福島県人会を通じ農業移民としてリンス市の乾家に入り、次女の桂子さんと1960年に結婚。現在はアチバイアで桂子さんと孫と一緒に農業を営んでいる。久四郎は2001年2月26日、62歳のときに亡くなった。
 半沢さんは「今の日本の報道を聞いていると、また当時の記憶が出てきてね」と悲しそうに語っり、「とにかく戦争はよくない、それだけを伝えたかった」と締めくくった。(終わり、國分雪月記者)

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