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どこから来たの=大門千夏=(56)

 あっけにとられている私の目の前を臆することなく男の傍に直行した。小さいが小太りのがっちりとした体格で、彼女の全財産なのか、まん丸く膨らんだスーパーの袋を右の腕に六~七個、左腕にも同じように六~七個もって、ワンピースの上にほつれたカーデガン、この寒いのに裸足にゴムぞうり。埃まみれの髪にオレンジ色の口紅が暗い電灯の下で華やいで見えた。
 男は彼女に小声で何か言う。女は腰をかがめてそれを聞きながら私を頭から足の先まで値踏みするようにじろじろと見ていた。
 …ケチな女だこと。立派な家、きれいな車、最新モードの服をきている、何もかも持っているじゃあないか、軒下ぐらい貸してくれたっていいだろうに…あの女はきっとそう思っているに違いない。
 女はスーパーの袋を腕から抜き取ってぜんぶ足元に置くと、両手で力いっぱい男を引っ張り上げた。
 男はよろめきながら、やっと立ち上がり大きな息をはいた。女はもう一度スーパーの袋を大事そうに両腕に通し、彼の傍にぴったり並ぶと、ごく自然に男は右腕を女の右肩にのせ体重をかけて寄りかかった。女は左手をしっかりと支えるように男の胴に回すと、二人は目を見合わせ、うなずいて、微笑んだように見えた。
 左足を庇い、ゆっくりと大きく体をゆらしながら二人三脚のように歩きはじめた。一言ももの言わず私の前をぴったりと寄り添って歩く二人、支えあって通り過ぎてゆく。
 帰る家もない彼らなのに一番大切なものを持っているではないか…。
 茫然と立ちすくんだまま、真夜中であることも忘れて、私は遠ざかって行く後姿をいつまでも見送っていた。
 白い霧はますます濃くなり、二人を包み込み、やがて姿が見えなくなった。
        (二〇一三年)

第五章  女神イシュタルの像

 骨董屋っていいなー

 骨董屋っていいなーと思ったのが小学三年生の時。私は学校から家に帰ってカバンを置くと、すぐに近くの骨董屋に行って、ショーウィンドウの中をのぞくのが楽しみだった。
 見たこともないような美しい品が並んでいる。塗り物、陶器、ガラス、果ては頭飾り、お茶道具、着物、屏風、雛飾り、いろいろなものが所狭しと並んでいた。戦後のどさくさであらゆるものが出てきたのだろう。
 昭和二三~二四年(一九四八~四九年)の頃で、広島はまだ瓦礫とバラックの街。世の中は食べることのほうが大切で骨董品どころではない時代だった。しかし、街の中心の繁華街だけは多くの買い物客が行き交いして、力強い戦後の復興が始まっていた。
 この骨董屋は建口は狭いが、奥がウナギの寝床のように長々としていて、その一番奥は一段高くなっていて畳が敷いてある。ここに、この店の主が胡坐をかいて店の中を睥睨している。
 そして、このおじさんの頭上には昼でも電気をつけたシャンデリアがキラキラと輝いていた。私の周りのどこの家にも見たことがない、味わったこともないエキゾチックな豪華な雰囲気があって、西洋のお城の様子を想像できてうっとりと見上げるのが常だった。

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