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どこから来たの=大門千夏=(60)

 一人は最高

 小雨降る日、ジャルジン区を歩いていたら、新しく出来た骨董店を見つけた。ショーウィンドウにはミッドセンチュリーと言われる時代の椅子と小さな机が飾ってある。
 このミッドセンチュリーとは「世紀の真ん中」という意味で、第二次世界大戦後の一〇?二〇年間に、アメリカ、北欧などのデザイナーによって、戦争中に開発されたプラスチックや成型合板、金属を応用して、様々なシンプルで機能性の高いモダンなデザインの家具が発表された。今までの装飾的なデザインに比べてスッキリと簡素な、単純な線で出来ている。
 これらの作品は世界中にコピーされ、大量生産された。しかしこの時代は第二次大戦のあとなので、材料の悪い安っぽいものが多くて、これはと思う良い品に出会うことが少ない。しかし良い素材を使って作られたミッドセンチュリーの家具は現代の生活様式によくあって、はっとするほど素敵である。
 店の中に入るとシンプルで機能的な家具ばかりあって五〇年以上も昔に出来たものとは思えないほど新鮮な印象を受ける。ジャカランダを二㎝厚さに細長く切って一㎝間隔に並べた夕涼み台のような長椅子に見とれていると、若い使用人が側にきた。
「ここは誰の店なの?」
「アナ夫人の店です。まだ開店して二ヵ月」
「あれ、彼女アメリカに行ってたんじゃあなかったの?」
「一年前に帰ってきたんです。お知り合いですか?」
 アナはかれこれ一七?一八年前に最初の結婚をした。しかし男の子が生まれるとすぐに離婚してしまった。ベビーカーに赤ん坊を乗せて歩くアナの後ろ姿は痛々しかった。まっ白い肌に青い目、赤っぽい髪をおかっぱのように短く切って、細いウエスト、肩幅も狭く華奢なフランス人形のようだった。
 こんな美しい女性と離婚する男の気がしれないと言うと、あの男はホモだったともっぱらの噂だった。隋分慰謝料をもらったらしい。その為に男の方は大方の不動産を手放したとか…それからしばらくすると彼女は小さな骨董店を開けた。外見は人形のようだが中身はなかなかどうして…という評判だった。
 そのうち再婚した。人の良さそうな大柄の男。ファゼンデイロ(大農場主)の息子と言っていたが、長続きせず、すぐに別れて、そして急にアメリカに行ってしまった。アメリカ人の恋人が出来たということだった。あれから十年近くになる。あの時の赤ん坊は一六?一七歳になっているはずだ。母親似のハンサムな青年になっている事だろう。
 昔からの友人だと言うと使用人はすぐにアナに電話した。一〇分もすると彼女が息を切らして帰ってきた。
 さすが昔からセンスのよかったアナ、こんな立派な店を持っておめでとうと心から言うと、「そうなのよ。私すごいお金持ちになったの」そう言われてみると、大きく胸の開いた体にぴったりとした柄物のTシャツは高級そうだし、ハンドバックは私にもわかるルイ・ビトン。
 あの頃とすっかり変わった。自信に満ち色気に満ちた中年の女性。離婚したころに比べて一周り太り肉付のよい体形になったが、それがかえって女らしさを増して妖艶になった。

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