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自分史=私のシベリア抑留記=(40)=谷口 範之

 下士官連中は、丸太壁の周囲三方の上方に板を棚状に造作して寝床にしていた。一般兵は床板にごろ寝であった。比嘉伍長は
「あの谷口だよ」
 と、簡単に紹介しただけでその日から私は彼らの仲間になった。だれ一人いやな顔をしないで、寝床を空けてくれた。私は雑のうと毛布一枚を持って、壁の上側の住人となった。 
 病院閉鎖でラーゲリに戻った回復期の患者は、まだ自由な立居振舞はできない。病院に収容されるほどの症状でなく、そのまま宿舎に残された連中は、此の頃ではかなり健康体を取り戻したものもいて、一部は小さなサウーナ小舎を作る作業に出るものもあった。衰弱し病で倒れたまま放置されたにも拘わらず、次第に健康を取り戻してゆくものが、僅かながら現れるのを目撃すると、人間の生命力の強い性は、その人の持って生れたものだろうかと考えさせられるのであった。
 ソ連側は当初のように、強制労働に追い立てることが出来ないようであった。捕虜たちはすることもなく、平穏な日々が過ぎていた。しかし、何時日本に帰れるのか見当もつかなかった。毎日朝夕、飯盒に三分目か四分目の薄粥だけでは、体力の回復はおろか維持すら困難である。
 下士官たちの仲間入りした日のことである。病院が閉鎖されて数日した頃のことで黒パンの配給日だという。昨年マッチ箱大の黒パンが、週に一回支給されたことがあった。あの黒パンは最下級のもので、中は粘い真っ黒な代物で、酸っぱくて普通ならとても食えるものではなかった。病院勤務につく前、黒パンの配給があり、その時は質がよくなっていた。パンの中は薄い黒色で、普通の柔らかさであり、酸味はあるかなしだったから質は向上していた。配給量は増えていて、煙草の箱二つ分位だった。
 そんなことを考えていると、当番が黒パンを受領して帰ってきた。部屋の隅のテーブルの上に、一㎏パン六個を置いた。一人当たり二〇〇gだと言う。一個のパンが五人分である。有田伍長が素早く寝床から飛び降りた。彼は懐からナイフを取り出すと、丸型パンを一個掴む。彼の左側と後側に、班員二五名が詰めかけて彼の手元を見つめている。
「こう円いと五つには切りにくいよなあ」
 と、言いながら、ザクザクと慣れた手つきで八つに切り分ける。
 二つ目を切って並べる頃には、みんなの目はその方に注がれて、少しでも大きいパンにありつこうと、目の色が変わってきた。三つ目にナイフを入れかけた有田は、
「ああ、暑くなった」
 と、言うと上衣を脱いで台の隅に投げた。
 そして三つ目をきり終るとすぐに、
「台が狭い。服を受け取ってくれ」
 と、上衣を投げてきた。私の腹の上に軽いはずの上衣がドスンと落ちた。なんと一㎏パンが一個上衣に包まれているではないか。
 有田はすかさず四つ目、五つ目を切り分けると、三〇片並べた。そしてのこりの十片を適当にきっては、それぞれの上に載せてゆく。みんなの目はギラギラ光って、少しでも大きいのを掴もうと見つめている。
「俺たちのも残しておけよ」
 有田はそう言うと、さっと身を退いた。我先にと手を伸ばしパンを掴む班員は、誰一人として、有田が上衣に包んで投げあげたパンに気付いていない。食べ終えると班員は次々に室外へ去った。

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