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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(209)

 台所には出始めたばかりの使いやすく便利だが、値段のはるフィエル社のほうろう製の食器棚、そして、応接間には日本人家庭ではあまり目にしない肘掛け椅子がおいてあった。客を楽しませるために、ラジオ受信機に接続した卓上レコード・プレーアーがあった。プレーヤーの前面には音の調和を示す光が緑色に光っていた。高級雑誌の広告に出たこのラジオプレーアーは、ドアを入ってすぐのいちばん人目に触れやすいところにあった。
 ゼニッチ製のレコード・プレーアーは子犬のマークで知られるRCAヴィクター蓄音機よりずっと性能がよかった。ヴィクター蓄音機をもっている者はまだ少なかったのだが、田舎でももっている人もいた。正輝もアララクァーラにいたとき、これで音楽を聴いたことがある。蓄音機には専用の台がありその上におかれ、上下に動く蓋がついていた。蓋とレコードを載せる皿の間はすこしあいている。ピックアップがあるからだ。掌に収まらないぐらい丸くて大きくて重いピックアップは、クロムめっきの鉄製で棒の先についていた。レコードが停止状態のときは、針を上向きにできるようビックアップは上下に動いた。レコードを聴くときは下向きにし、音楽が始まるところに注意深く針をおいた。 ぜんまい式で、それを巻く取っ手は右側にあった。レコードを聴く前に、ぜんまいをいっぱいに巻かなくてはならない。最もシンプルなタイプは、ぜんまいを巻いてすぐのときはレコードの回転が早く、音色が細くなる。ぜんまいがゆるむに従い回転がおそくなり、ぜんまいを巻き返さないと、ますます音色が太くなっていった。
 上原家の蓄音機は回転がコントロールされている機器だから、音色の変調など全くなかった。蓄音機はレコード・プレーアーの横に据えられていた。二つを並べているのには意味があった。わざと並べることで、レコード・プレーアーがいかにモダンであり、蓄音機がいかに時代遅れであるかを見せつけているのだ。いちばん気にさわったのは正輝へはともかく、訪問客に対し挑発的態度を示していることだった。日本人の家で蓄音機をおいている者は数少ない。ところが上原氏は時代おくれの、彼にとってあってもなくてもいい蓄音機をわざと並べておいている。
 訪問客にまるで、「みなさんが蓄音機をお持ちかどうか知りませんが、うちには蓄音機がありますが、お払い箱です。ずっといい物がありますからね。モダンなレコード・プレーアーでごゆっくり音楽をお楽しみ下さい。こんな機会はめったにありませんからね」とでもいっているようだった。
 正輝は屈辱に打ちひしがれた。上原氏は友だちのように話し、親切に洗濯屋の機具をみせ、家にまで入れてくれた。
「キミにだって調達できるよ」
「キミもこんな家にすめるようになるよ」と激励しているようにみえた。
 けれども正輝には、「自分はこんなりっぱな洗濯店を持つことができた。キミにもできるかね?」、あるいは、「こんな家に住んでいる。キミはどうだ? こんな家に住めるようになると思うかね?」といっているように聞こえた。
 見栄をはっているのだろうか? ただの見栄だろうか? いやあれはただの見栄ではない。弱者を軽蔑しているのだ。正輝はいやな気持ちになった。

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