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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(247)

 200人ちかい同じケープとユニフォームの卒業生のなかに息子を見つけた房子はそって涙を拭いた。正輝を肘でつつき、指差しながら、何かささやいた。正輝もニーチャンのいるところを指差して末っ子に教えた。両親が昂奮を抑えきれずにいるあいだ、ジュンジは卒業生が秩序正しく列をつくり、リズミカルな靴音をたでて行進するのを感激しながら眺めていた。
 軍の楽隊がブラジル国歌を奏ではじめ、卒業生と観客が歌い始めると、正輝は気づかれないよう息を吸いこみ、涙を飲みこんだ。彼のような強い国粋主義の日本人がこの先、ブラジル陸軍の将校を目指す息子がみんなと声を合わせて歌っている国歌を聞きながら、泣きそうになるとはどういうことなのだろう。
 陸軍中佐の議事日程の読み上げのあと、CPOR隊長が卒業生全員による宣誓があることを伝えた。国旗に向って右手をまっすぐ伸ばした卒業生は国を、そして、国土保全に生命をかけて守ることを誓った。正輝は陸軍予備将校の宣言の内容をよく知っていた。それこそが卒業生に課された義務なのだ。自分の息子がその儀式の真っただ中にいることを思うと、感激せずにはおられなかった。
 宣言がなされた数分のあいだ、今までの生涯をふり返ってみた。父忠道と過ごした幼年期、神戸からの出港、船中での惨事、農業の不成功、都会での困難な生活、そして、いま目にしている光景。
「今、死んだとしても悔いはない。やることはすべてやったのだから」
 と思った。別に死ぬなどという深刻なことを考えたわけではない。ニーチャンがブラジル国を守ると宣言したことで、子どもを教育し終えたと感じたのだ。この先、息子が医者になったら、経歴が加わるというだけのことだ。陸軍の予備将校の剣を受けたことで、ニーチャンの希望は達せられたということなのだ。
 そのあと、陸軍のシンボルの剣を受けるために、砲兵部、騎兵部、工学部、歩兵部、補給部、保健部に分かれ、アルファベット順に呼び出された。マサユキの番になったとき、房子はパカエンブの芝生に予備将校卒業生が現れてからずっと我慢してきた感情が抑えきれず泣き出してしまった。
 今までの苦労の連続のあとにみる光景が夢のように美しく、感慨深いものだった。生涯で最良の日だ。正輝も同感だった。芝生では正装し、花を飾った巾広い帽子を被り、いかにもマドリニャ(代母)らしく装ったソランジェがマサユキに剣を渡した。

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