ホーム | 連載 | 2020年 | 新日系コミュニティ構築の鍵を歴史に探る=傑物・下元健吉=その志、気骨、創造心、度胸、闘志=ジャーナリスト 外山脩 | 新日系コミュニティ構築の“鍵”を歴史の中に探る=傑物・下元健吉(23)=その志、気骨、創造心、度胸、闘志…=外山 脩

新日系コミュニティ構築の“鍵”を歴史の中に探る=傑物・下元健吉(23)=その志、気骨、創造心、度胸、闘志…=外山 脩

世界情勢を伝えるパウリスタ新聞創刊号1947年1月1日付

 付記すれば、この間、信念派が大量に拘留されていたDOPSや未決囚拘置所に、コチアのマークを車体に記したカミニョン(トラック)が出入りする姿が、拘留者から目撃されている。
 それを見て、常盤ホテルの集会での下元の「食糧はコチアで持つ」という発言を思い出す者がいた。その情報が外部に漏れ広がった。
 以上の様な不手際の重なりで、信念派間の反感が激化、下元には脅迫状が何通も舞い込み、警官が護衛をする様になった。
 1946年8月、パウリスタ延長線から出て来た信念派の若者3人が、下元を狙ってコチアの本部に接近、そばのバールに入った処を、警戒中の警官に逮捕された。
 しかし下元は怯まず、信念派の組合員には、融資を止めるなど、種々の締め付けを行った。彼らは組合を去って行った。

下元の失敗談、続く

 終戦直後に始まり、次第に深刻化した騒乱の中で、認識派の中に邦字新聞を復活させようとする動きが生まれていた。活字で正確な情報を伝えれば、敗戦は認識され騒乱は鎮まると考えていたのである。
 前出の野村忠三郎も、その一人で、同志と準備をしていた。発行のためには、まず連邦政府の許可をとる必要があった。外国語新聞は開戦直前、政府によって発行を禁止されていたからである。
資金も必要だった。
 その許可取得の交渉や資金集めをしている間に、野村は逝ってしまった。計画は同志によって受け継がれ、政府の許可も得、資金確保の目途も立った。資金確保では、下元が有力組合員に出資を頼み、組合で一時立て替えるという無理な手すら使った。
 かくして1947年1月、パウリスタ新聞が発行された。
 そういう経緯から、後年、同新聞は認識運動の推進に大きな貢献をした――と自負する様になった。余程、効果的な運動を紙面で展開したのであろう。
 が、筆者は、創刊後の数年分の紙面を読み直して、首を傾げた。
 同紙発行時、襲撃事件が一件起きているが、それを報じた記事は、感情的に決行者を叩く内容で、冷静さを欠いている。事件は以後、起きていない。
 同紙としては、認識運動を進めるためには、過去に起きた事件を、一つ一つ調べ直して、真相を把握、報道すべきであった。が、全くやっていない。
 事件とは別に、信念派の言い分も取材、紹介すべきであったが、これも同じである。記者が書こうとしても編集部の幹部が撥ねつけたという。
 筆者は、「これでは、コチア産組の週報同様、反感を招くだけで、信念派の啓蒙には役立たなかったろう」という読後感を持った。
 啓蒙記事は、邦人社会の動きを報じる頁には、殆ど見当たらなかった。何度も見直している内に、日本のニュースを伝える別の頁に国政の動きが掲載されていた。
 読者がその内容を信じた場合、敗戦は事実ということになる――というていどのモノであった。(つづき)

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • ブラジルは大麻消費大国2003年8月12日 ブラジルは大麻消費大国 8月12日(火) […]
  • ドイツ人カップルキャンピングカーでブラジルを旅する2016年8月13日 ドイツ人カップルキャンピングカーでブラジルを旅する  ドイツ人カップルのティム・ドゥショウさん(36)とシェニア・サンデックさん(35)にとって、リオ五輪の開幕は8月5日よりもずっと早かった。 4年間節約してためたお金を持って今年の5月にドイツをたった2人は、8月1日にリオの地に到達した。 ライプツィヒ在住の2人は、キャンピング […]
  • 州議選=コロニアと伯社会のパイプに=小林ヴィットル候補が抱負2010年9月11日 州議選=コロニアと伯社会のパイプに=小林ヴィットル候補が抱負 ニッケイ新聞 2010年9月11日付け  10月に行なわれる統一選挙でPSDB(民主社会党)からサンパウロ州議選へ立候補を表明している小林ヴィットル候補が18日に来社し、意気込みを語った。 […]
  • ■今週末の催し2009年12月3日 ■今週末の催し ニッケイ新聞 2009年12月3日付け 土曜日 5日  第41回東洋祭り、5~6日午後2時20分、リベルダーデ広場、6日は正午から     □ […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=462015年3月12日 パナマを越えて=本間剛夫=46  医務室に行くと軍曹の姿が見えず、机はもとのままに整頓されていた。私は何故ともなく心の安らぎのようなものを感じて濠の奥に歩を移した。中村中尉の今朝の興奮が私の頭の中で不快な重圧を感じさせていたからだ。 彼の年令では軍国の臨戦態勢の中で成長したはずだがあるいは軍隊教育のせいな […]