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安慶名栄子著『篤成』(32)

 彼は私に過マンガン酸塩の使い方をすべて教えてくださいました。そして私たちも自分たちが使用している次亜塩素酸塩の事を詳細に教えてあげました。それは彼の国で禁じられている物質に代わる最適なものであり、彼は本当に感謝して帰りました。
 でも、実際には私の方が愕然とし、かつ感謝いっぱいでした。過マンガン酸塩を使い始めて、私たちの生産量は3倍にも増えたのでした。それまでフォルクスワーゲン社のコンビという車で荷物を運んでいたが、それだけでは間に合わずトラックを購入しました。24時間フルタイムで仕事をすることになり、又もや従業員を増やしました。
 その頃、私もいつもお弁当持参で仕事に通っていましたが、ある日、1人の従業員がお昼時間なのに隅っこで食べずに座り込んでいるのに気が付きました。なぜ食べないのかと聞いてみたら、「家に食べるものがなかったから母がお弁当を作ってくれなかった」という返事が返ってきました。
 私は自分のお弁当を彼に譲って上げました。そのようなことが何回か繰り返されました。
 仕事は日増しに増え続け、従業員たちも配達に手が回らないほどでした。そんな時には私がコンビを運転し、配達を行くことがありました。そしてある日、お客さんのところに着くと、そのお店の社長さんが私に「あなたが来るんじゃない。品物の運送はうちの従業員にさせるから、電話で知らせてくれ」と温かい注意をしてくれました。
 世の中には本当に親切な人がいっぱいで私は夕食の時にお皿のそばで居眠りするほど疲れきっていても、自分は本当に幸せ者だと感じながら毎日働きました。
 しばらくすると、運転手も雇いました。お昼時間になったら、その人もやはりご飯を食べていなかったのです。
 「どうしてご飯食べていないの」と聞いてみました。現在も同じだと思いますが、あの頃もバスは超満員で、ある日お弁当箱を落としてしまい、ふたが開いてしまったそうです。
 中にはご飯に豆 (フェイジョン)、そしておかずにはバナナ一本しか入っていなかったのです。バスに乗っていた人たち、特に若い者たちはそれを機に「ほら、彼のバナナだ。見ろ」、とからかうのでした。彼は恥ずかしさのあまり、次の停留場で下車し、2時間も歩いて出社したのだそうです。「その日以来、お弁当は決して持たないと決心したんだ」と打ち明けてくれた。
 この従業員の悲しい話は、私の胸に深く残り続けました。

第19章  感謝

 仕事が沢山あって有り難い半面、難問にぶつかることもたびたびありました。思い通りの商品を提供するのに色々な機材にも投資しました。私は睡眠不足と食生活のアンバランスでふつう以上に痩せてしまいました。
 父は、会社に冷蔵庫があれば食生活が少しマシになるだろうと思い、レンジ付きの冷蔵庫を買ってくれました。当分の間、その冷蔵庫には牛乳とマーガリンしか入っていませんでしたが、ある日、レンジを使って職員皆で揃って食べられるご飯とフェイジョンを作ろうと考え、みんなに話してみました。

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