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連載小説

自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(3)

 一九四五年八月六日夜、原隊復帰命令が出た。候補生一行が乗車した深夜の臨時列車には、海拉爾方面からの民間人たちで満員の有様であった。不審に思って訊ねた。  =軍からの緊急避難命令で、当座に必要なものだけ持って乗車した= という。戦後、関東軍は民間人を護らないで悲惨な目に遭わしたと非難されたが、第四方面軍のようにソ連軍が侵攻する三 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(2)

 夢は一転して、果てしなく枯草がひろがる荒涼とした冬景色の平原に、私は佇んでいた。二転した夢は、見知らぬ三、四人の白人が、冷えびえとした部屋でソファに腰をおろして、何事か話し合っていた。さらに三転した夢で、私は不安を押えながら、故郷の我家に辿りついた。  なぜか勝手口に回り、戸を開けると台所の板の間に父母が並んで座っていた。夢の ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(1)

第一章 一度だけ見た正夢(一九九四年一〇月)   一、死の淵を覗く  風土病にかかり高熱と下痢のために入院して、二ヵ月が過ぎようとしていた。  夕方、六人収容の病室から向いの一室に移された。私だけである。なぜだろうかと考えたが、意識が混濁して考えが纏まらない。電灯がともった頃、数日前若い女子社員がこの部屋に運ばれて来て、夜明けを ...

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どこから来たの=大門千夏=(102)

 一九六三年、神戸港を出発しました。(あれから五〇数年経った今頃になって、両親には大変な心配をかけた、親不孝したと気がついて申し訳ない思いをしています。)西回りの船を選び、あちこち寄港のたびに観光してまわり、六〇日かけて世界半周。船酔いもせず旅を楽しみました。  沖縄――香港――シンガポール――ペナン――モリシャス――アフリカの ...

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どこから来たの=大門千夏=(101)

 夫の好きな野の花…カタバミが、コップの中で小さく震えていた。  曲は静まり返った巨大な遺跡中に響き渡り、隅々にまで緩やかに流れ、そして灰色の雲を突き抜け青い空に向かって、宇宙に向かって何時までも消えることなく広がって行く。  今、二人の子供を何とか育て上げたこと、助け合って元気に暮らしていること、もうあなたがこの世に思いを残す ...

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どこから来たの=大門千夏=(100)

 何年たっても同じ状態が続いた。子供達が、「うちの母はね、音楽が鳴りだすと血相を変えて怒るの、本気で怒るのよ、あんな人見た事ない」と話している。かといって日々の生活に別段困る事もなく、以前と同じように昼間は仕事をし旅行もする。良くなろうという努力を最初はしたが、今では無音の生活に慣れてこれが普通になっている。  ただどうしてこん ...

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どこから来たの=大門千夏=(99)

 夜、山田さんに食事をごちそうになる。彼もこの国に遊びにきて女性に捕まった一人である。どうしてこんなに簡単に沈没してしまうのだろうか? フィリピンに観光に来て帰る日、土産物屋をのぞいたらかわいい娘がいて、すっかり意気投合してそのままこの国にいついたそうだ。…ヤレヤレ…と私はため息をつく。そしてこの国の腐敗の話を聞く。ブラジルの二 ...

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どこから来たの=大門千夏=(98)

 彼は日本の大手の建築会社に務めていた事、ほとんど世界をまたにかけての仕事で外国生活の方が長かった事。「定年間際、アフリカで駐在員をしていた時、家内が急死しまして私一人になってしまいました。日本は住みにくい。どっか外国に…と考えて、まず昔仕事で来たことのあるフィリピンに来たんです」。  ここで早速三〇歳年下のフィリピン人女性を見 ...

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どこから来たの=大門千夏=(97)

 午後から博物館に行ったがここにも何もない。こんなに文明文化のない国を見たのは初めてだ。  しかし、考えてみると一六世紀から三三〇年間スペインの植民地になり、其のあと五〇年間アメリカの植民地になった。独立できたのは一九四六年である。自国の文化を持つ余裕などなかった。求める私の方が間違っていたのかもしれない。  両替屋に行った。一 ...

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どこから来たの=大門千夏=(96)

 我ながら情けないとは思うけど、ウラシマ太郎は故郷が恋しくなってきたが、私は孤独が恋しくなってきた。  一人になりたい。一人で静かに食事をしたい。これ以上、大勢と一緒にいたくない。そのためにはこのクスコの町を去らねばならない。  その夜、急に仕事ができてリマに帰らなくてはならないとウソをついて、ホテルの主にビアーネに連絡を取って ...

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