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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子

コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(18、終わり)=いちばん近い東洋――アラブ移民

アラブ移民(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 通る人も立ち止まる人も男ばかりである。たった一人の女もいない。なんだかハーレムのようだ。違う男、同じようなベルイートの、ダマスコの、エレサレムの、金髪がかったシリア人。桑とタバコがにおう男たちはゴムかっぱを翻し、ユーテラス川の水のように緩やかなうねりをなして歩く。 ・・・砂漠のように、あるいは荒野の山のように、乾いて味気ないざ ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(17)=いちばん近い東洋――アラブ移民

「一番近い東洋」の章の挿絵(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 それは、ロテリア宝くじの抽選後に、アントニオ・プラド広場のカフェー当たりから始まる。 髭。ひげ。ヒゲ。舗道には瞑想的なひげ。戸口には何かを期待するようなひげ。模倣大理石のカウンターでは、熱いコーヒーをふくひげ。ハアハアあくびをする眠そうなひげ。ひげが立ち止まったり、出たり入ったり、行き過ぎたりする。 ひげ。老いとタバコのために ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(16)=素朴な人たち――ポルトガル移民

雑誌『Viva』に掲載された1915年ごろのポルトガル人コミュニティ(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 ブラガンサ・・・長くて強くて絵画的な名称が多い。トーレ・デ・モンコルボ、ミランダ・ド・ドイロ、マセド・デ・カヴァレイロ、カラゼダ・デ・アンシオン、フレイショ・デ・エスパダ・アンシオンなどなど。 そして詩人ゲーラ・ジュンケイラが生まれた町である・・・「素朴な人たち」・・この明るい瞳の小柄な男に「素朴な人たち」の詩編の山々や田園を ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(15)=素朴な人たち――ポルトガル移民

ビラ・マリアナ街を山羊を連れて歩くポルトガル人(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 肌を刺す朝の空気のなかを鈴がなる。 恵まれた人の住むお屋敷の門の白いエプロン姿の間を通って行く。まるで儀式のように厳かにヤギの群れが行く。ちゃいろ、しろ、ぶち。ひづめを石畳にたてながら。――ドアマットのように荒い毛並み――リズムに欠けた歩みが、目覚めたばかりのおだやかな朝の空気をかき乱す。 歩道では厚手の毛織の半ズボン。首鈴な ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(14)=ゴヤのデッサン画――スペイン移民

昔のサンタローザ街の様子(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 ルッカス街。その歩道では、タマネギが切り取られたレスチアで子どもたちが遊んでいる。低い円いドアの後ろに、家の中がのぞける。白い壁にぶどうの木の画が描かれている。 テーブルの上にはレース編みのクロースに覆われた素焼きの水入れが二つ。額縁もある。黄色と藤色の聖ヨセフ。四つに分けられた盾を表す赤と金のスペインの紋章が描かれたカレンダ ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(13)=ゴヤのデッサン画――スペイン移民

タマネギやジャガイモの取引で有名だったサンタローザ街(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 サンパウロ市の北西サンタローザ街《註=当時の雑穀取引地区》の午後。ローザ(ばら)の香り? いや、麻袋とタマネギのにおいだ。満腹した太鼓腹があくびをするように、穀物が麻袋の口から転げ落ちている問屋の入り口。天井からはレスチア(縄で三つ編みに連ねられた)のタマネギが汚い壁にそって垂れさがり、汗をかいたような強いにおいを発している。 ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(12)=バルト海の混乱(U長調のシンフォニー)――東欧移民

東欧のバチック式教会(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 ひとつの窓にひとつの扉。そこに楕円形の看板がかかっている。花壇のぽんぽんダリアのような白と赤の「郵便局」。覗いて見る。この地区さいしょのランプ――石油ランプ――に照らされて、丸坊主の明るい瞳の男が手紙をより分けている。一瞬、時間はとび、このたそがれのブラジルの地をさまよう魂がみえた。あの瞳には冷たい海に曳かれるRevelやRi ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(11)=バルト海の混乱(U長調のシンフォニー)――東欧移民

リトアニア人の民族舞踊(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 すべてが混乱している。 例えばエストニア《註=Esthônia》はhがあるのか…レトニア《註=Lettônia》はttが二つなのか…リトアニア《註=Lituânia》はhがつかないのか? 混乱のきわみだ。どこがって? 東ヨーロッパ圏? バルト海? フィンランド湾? …そのすべてが混乱している。 混乱のもとは世界の地理に暗いわた ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(10)=ゲットーの街――ユダヤ移民

1930年頃のユダヤ人マスカッテ一家(旅商人、写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

「シッー」 夜はどんな風にやってくるのだろうと、すべてが黙り、すべてが止まった。街のにぎわい。周りの空気。ユダヤ教会堂の前に止まる車のエンジンの音などすべてが。 「シッー」静かに! ユダヤ教会堂だ。 セメントの橋が架かった堀の、カピタン・マタラゾ街からへだてられた鉄のドアの向こうに二本の柱にはさまれたドアがあり、それが開いていた ...

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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(9)=ゲットーの街――ユダヤ移民

戦前のジョゼ・パウリーノ街の様子(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 さまよえるユダヤ人は、楕円形の曇りガラスの看板の前を通り過ぎた。わたしは立ち止まって読んだ。「カフェ・ヤコブ」。黒い字がソロモンの星(二つの三角形が上下に組み合って六角の星をなす)の下に書かれている。サンパウロのどこにでもあるような変哲もないカフェ。女主人が現れる前に、白い大きな女がカフェジーニョを勧めてくれる。 両方(女もコ ...

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