ホーム | 連載 | 2014年 | コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子 | コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(11)=バルト海の混乱(U長調のシンフォニー)――東欧移民

コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(11)=バルト海の混乱(U長調のシンフォニー)――東欧移民

リトアニア人の民族舞踊(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

リトアニア人の民族舞踊(写真提供foto=Casa de Guilherme de Almeida)

 すべてが混乱している。
 例えばエストニア《註=Esthônia》はhがあるのか…レトニア《註=Lettônia》はttが二つなのか…リトアニア《註=Lituânia》はhがつかないのか? 混乱のきわみだ。どこがって? 東ヨーロッパ圏? バルト海? フィンランド湾? …そのすべてが混乱している。
 混乱のもとは世界の地理に暗いわたしにあり、見通しのきかない夕暮れの紛らわしさにあり、アナスタシオ地区に向かうグアイクルス街の喧騒にあるのだ。
 サンパウロ市の玄関。ガソリンスタンドの街である。数え切れない明るいガソリンスタンド、赤い注入機…。車…車…。汚れた貨車や工員で満員の長いみどりの車両の間を車が行く。冷たいパール色の空に響くやかましい音。ジャラグア――サンパウロの鼻先――遠くから見てもその鼻先は、サンパウロの入り口に、わが物顔にでんと構えている。それはまたマカダム砕石を敷きつめる舗装道路とガソリンによって急速に開発される奥地への出口でもある。チエテ河の左岸。濁った水と線路の間をぬって光る銀色のスタンダード・タンク車がはしるガソリンの街だ。
 混乱している。車の、電車の、汽車の喧騒がサンパウロの鼻先で響く――そこがジャラグアである――遠くからライト社のガソリンの焦げ臭いにおい、石炭の煙が、オゾンがにおう。
 混乱そのものである。
 空には炎。オー教会が燃えているようだ。頂の上ではオレンジ色の炎をうつして火を吐いているようなガラス窓。遠くの頂をあおぎながら足元を見ると、成金たちのバンガロ風の家の並ぶラッパ区の山の手がある。低地にはライト社の高圧線を支える鉄塔におびえながら、そして粗末で汚い列車が往復するソロカバナ鉄道線と海岸線を結ぶハイウエイ線の長々とのびる線路に恐れをなして「チエテ河排水路工事」をかかげて掘削する深い溝。数々のパイプや土管におびやかされ、さらにアルモウル冷凍会社の荒々しいセメントの灰色のブロック塀の塊を目の前に、そのなかに身をちぢこめ密集して生きる家々がある。
 冷凍庫…氷…北…バルト海…エストニア…レトニア…リトアニア…萎縮したような谷底に乱雑に並ぶ一握りの家々。それはエストニア人(あるいはエストニア系?)、レットス人(あるいはレットス系?)、リツアノ人(あるいはルツアノ系?)。すべて混乱している。それはエストレットリツアノ区と呼ぶのがもっともふさわしいのではないか。1918年以降、区になったのだから。
 あそこ…あそこ? いやそうじゃない。ここだ。車がいまソロカバナ線の橋の下を通ったからだ。走りながら火の粉を吐く汽車でボーッとなった頭の上を、ものすごい鉄の騒音をのこして汽車は走り去る。車は今度は曲りくねった道と、さびた幅の狭いレールに切り裂かれた平地に出た。その道は一塊に固まって建っている家々や、空き地の方に向かって伸びている。

 夕暮れのなかの突然の静寂。高原に影が伸びる。混雑・・。大きな男が自分の影をつま先で踏みながら行く。襟に毛皮をあしらった黒いマントをきた大きな女たちがいく。白い足にはズック靴(サンパウロの優秀な召し使いたちだ《註=移住初期女たちは家庭奉公をした》)、乾いた高台をいくその足取りは空気よりも軽い。
 静寂。セイジャク。最後の陽光が密集した小さなひとかたまりの家に一条の光を当てる。それがアルヴァレンガ・ペイショット街である。人気のない店から始まり、つづいて行く。ゆっくりいく。積み木のように小さくこぎれいな家。家の前には2メートルほどの花壇が二本編みにした針金で仕切られている。窓には洗いざらしのカーテンと空缶に植えられた花。白と赤が混じったぽんぽんダリアが、乾いてきれいに掃かれた花壇に植えられている。ここではすべて注意深く、入念に掃かれている。手車に輝くばかりの金髪の子どもをのせて押していくふつうの金髪の子どもたちが通る。(つづく)

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