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「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(42)

「前の日は、子供の誕生日で、電話で元気そうな声を聞いて、どうしても父親を探さなければと思ったんですよ」
 リカルドから「子供」という言葉を聞かされて、木村社長はまたうろたえたが、とりあえず話を続けてもらった。
「で、カロリーナさんは東京のどこに来られたんですか?」
「まず、私が前に住んでいた大久保のぼろアパートに行って、もう私が住んでいないのを確認してから、昔二人でよく行っていたお隣の韓国レストランに行って、店長から私の会社の移転先を聞いて、西新宿まで歩いて行ったそうです。カロリーナとのことは、話せば長くなりますが・・・」
「私の方は暇ですから、社長がよろしければ、じっくり話を聞かせてください」
 それから木村社長は、ブラジルに行った頃の話を始めた。
「・・・クリチーバにあるパラナ州の有機農業協会の事務所を訪ねた時、そこで働いていたアナという若い職員と知り合いました。美しくて頭のいい女性でした。私がコーヒーの生産農家を訪ねる時はいつも同行して、英語とポルトガル語の通訳をしてくれました。彼女がいなかったら、現地での商談はまとまらなかったし、今日の私の成功もなかったと思います。アナとは、初めは仕事上の付き合いでしたが、だんだん個人的にも親しくなって、休日には必ずデートをするようになりました」
「社長を取材した時に言っておられた、あの『五番街』のセニョリータですか?」
「ええ、恥ずかしながら。アナは私と同じで、幼い頃に両親と別れて育ち、その当時は、育て親から独立して、一人でアパートを借りて住んでいました。彼女は、私の人生で恋人と呼べる最初の女性でした。実は、私はそれまで日本人女性とも親しく付き合ったことがなかったし、それどころか、私には幼い頃から気兼ねなく話のできる友人すらあまりいませんでした。アナと私は、育ちが似ているせいもあって、言葉の不自由さはあっても、お互いの心を理解し合うことができました」
「なるほど、それじゃ、初恋の人と出会ったブラジルは、今でも懐かしいわけですね」
「もちろんです。特に、緑が豊かでヨーロッパ的に洗練されたクリチーバは、私が知っている日本のどの町よりもきれいでした。アナといつも歩いた美しい街角や、木陰に連なる素敵なレストランやお店の風景が、今でも心に浮かびます」
 しかしながら、二人の親密な交際は、いつまでも続かなかった。ブラジルでの商談がまとまり、木村氏は、かねてからの人生計画を実現するために帰国することを決心したからだ。
「アナと結婚して、彼女を日本に連れて帰ろうかとも思いましたが、帰国してからの自分の生活を想像すると、彼女を幸せにする自信がありませんでした。彼女もそこのところを分かってくれて、結局、私一人で帰国しました。それからの状況は、先日の取材でジュリオさんにお話しした通りです」
「帰国されてからは、会社を興され、大久保のアパートに住んでおられた?」
「そうです。でも、帰国してからは、やっぱりアナを連れて来なくてよかったと思いました。南米の大地でのびのび育った人間は、ゴミゴミした東京の町では生活できませんから」
 会社の経営がようやく軌道に乗り始めた頃、木村氏の生活に少し余裕が出てきた。

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