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日本でこっそりルーラ批判をするムヒカ

ルーラのお膝元、サンベルナルド・ド・カンポ市での対談イベントに参加したときのルーラ、ムヒカ(Foto: Ricardo Stuckert/Instituto Lula, 29 de agosto de 2015)

ルーラのお膝元、サンベルナルド・ド・カンポ市での対談イベントに参加したときのルーラ、ムヒカ(Foto: Ricardo Stuckert/Instituto Lula, 29 de agosto de 2015)

 日本で大人気のホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領(ドン・ペペ)の思想には、南米の2大国に挟まれた小国という地政学的な条件が深く影響を与えている気がする。その要素もまた日本人から共感を得やすい部分かもしれない▼ウ国は元々アルゼンチンの一部「東方州」だったが、1820年にポルトガル軍(ブラジル)に侵攻された。亜国は地元勢と協力してゲリラ戦を展開し、ブラジル帝国軍を追い出したが、国内問題で戦争を維持できなくなった。亜国がラプラタ両岸を所有して勢力を拡張するのを嫌った英国が仲介し、ブラジルと亜国の「中立地帯」として伯国から独立させた▼当時の伯国は英覇権下にあったから、条件を呑まざるを得ず、その結果生まれた小国だ。だから南米の大国にとってウ国は〃州〃のような印象だった。現在でも人口は336万人しかいない。伯国は2億人、亜国は聖州と同じ4千万人。カンピーナス大都市圏だけで309万人とウ国なみだ▼そんな歴史から、小国ゆえの苦悩や独自の問題意識が生まれ、思想が深まったようだ。ちなみにドン・ペペの愛読書がミゲル・デ・セルバンテスの『ドン・キホーテ』なのも肯ける▼彼が24歳の時、1959年にキューバ革命が起きた。62年に結成されたゲリラ組織「トゥパマロス」(MLN―T)に参加。この組織は、ブラジルの民族解放行動(ALN)の創立者カルロス・マリゲーラの理論に影響を受けて発足したと言われ、都市ゲリラ戦術を採用していた▼でも69年にマリゲーラ本人は警察に射殺され、ALNは力を失った。伯国の左翼勢力はトカンチンス州の辺境アラグアイアの農村部から出直す戦略に転換したが、陸軍に全滅させられた▼だがモンテビデオでゲリラ戦を繰り広げたMLN―Tは違った。民衆の支持を得て影響力を広げ、当時「南米最強の都市ゲリラ」とまで言われた。その中心人物の一人がペペだ。4度目の逮捕の後、13年間の投獄生活を送った。左派闘士ジウマ大統領と似た経歴にもみえる▼そんなドン・ペペが、日本の番組で語った次の言葉は、当地在住者が聞けば明らかにPTやルーラ、ここ最近の政治家嫌悪傾向を強めるブラジル国民のことを指すように聞こえる。《政治の〃病気〃というのはお金に執着しすぎることです。政治に利害関係がないわけではない。あるのです。しかし、政治の真の利害はお金ではありません。人々から慕われる名誉です。人生はお金がすべてではありません。人々の愛情、名誉、それはある人たちにとってはお金よりも価値があるのです。問題はお金が好きな人物が政治家になろうすること。これは非常に危険です。汚職の原因なのです。そういった政治家をみると、国民は政治を信じなくなります。「結局誰も同じだ」と思うようになる。でも、それは試合を捨ててしまうことです。試合場を後にする事。この絶望感こそが汚職を可能にしてしまう。しかし、ゆっくりでも人間は少しずつ良くなっていけるのです》▼ドン・ペペはルーラ、ジウマを仲間扱いするが、そろそろやめた方が良い。昨年5月に彼が発売した自伝の中で、ルーラが《この世界は、不道徳や恐喝までしないと導けない。(中略)これはブラジルを統治する唯一の方法だ》と言ったとの一節が、ルーラのメンサロン関与を間接的に認めたものかと話題を呼んだ。でもペペは当時、完全否定した▼ラヴァ・ジャット作戦が進展した今聞けば、ルーラは「汚職がブラジルを統治する唯一の方法」と考えている方が自然だ。ルーラ所有が疑われるアチバイアの豪華別荘と、ペペの簡素な自宅は違いすぎる。手段を選ばずに「権力永続計画」を実行するPT自体が「欲深い人」そのもの。こっそり日本でPT批判をせず、面と向かって言っても良いのでは。まあ、そこが「小国の苦悩」なのか。(深)

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