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「ルイスさんは日本料理好き」=亡き母節子さんが作った

1月7日(火)

 「私たちはルイジーニョって呼んでました」。サンパウロ市在住の具志堅嬉久(きく、八〇歳)さんは、このたび大統領府の次期広報局長官に任命された具志堅ルイスさんの父・昌永さんと同郷(沖縄県本部町字具志堅出身)であると共に、リンス生まれの母・節子さんの幼少時代の裁縫教師でもあった。
 また、九二年から九七年の間、嬉久さんが沖縄県人会婦人部「協和婦人会」会長を務めている間、節子さんは副会長としてその仕事を裏から支えた。このように嬉久さんと節子さんは生涯を通じた友人だった。
 「ルイスさんのふっくらしている頃は、せっちゃんにそっくりだったけど、手術の後にげっそり痩せちゃって、テレビ画面を見てると、こっちが涙がでそうになっちゃう」と節子さんの面影をみている。ルイスさんは今年五月に胃の手術をし、十七キロもやせてしまった。
 「せっちゃんはいつも言ってたわ。息子は私が作る日本料理が大好きだって。奥さんのベッチさんも、せっちゃんから習って、日本食上手だって話もきいたわ」という。
 節子さんは選挙直前の今年八月四日、高血圧の治療で入院していた病院で院内感染し亡くなった。副コーディネータとして重任を担った今回の選挙は、具志堅さんにとってそのような苦難を乗り越えての勝利だった。
 サンパウロの沖縄出身者の中には〃具志堅のトゥルマ(グループ)〃という五十家族ほどの親睦団体があり、両家ともその一員。
 「ルイスさんはほとんど参加することないですが。いつだったか来てくれたときのことです。ポ語でCuって、よくないあれでしょ。だから、ルイスさんは私の名前をよぶとき、冗談でわざわざそっちの発音で言ってみたりしたことも」と思い出し笑いする。生真面目な印象の強いルイスさんの、意外にひょうきんな一面を語った。

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