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コラム 樹海

 昨年末、日本の故郷の友人たちから年賀状をもらった。国内の世相の異常さに憤慨する一方、自身が「高齢者になったこと」を嘆いていた▼友人たちは、小中学校、高校の同期生たちだ。昭和が二ケタに入ったばかりのときに生まれている。ブラジルでいうテルセイラ・イダージに仲間入りした年代。大抵は定年退職し、孫の数が増えつつある。病気知らずという者は少なく、ほとんど既往症があるか、現在、なんらかの病気を抱えている▼医者に相談にいくと、まず例外なく医者のほうが若い。若い医者はおおむね冷たい?。あなたくらいの年齢になれば、この程度(の症状)は普通なんです、まあ、六十五歳を過ぎたら、前立腺なんて気にしなくても、いいんですよね、という意味のことをいう▼つまり、病気と同居する行き方をしろ、の意味。あとは高齢者らしく、節制をすれば、小康を得つつ生きられる、ということだ。これは残念だが、よくわかる▼ところで、人の身体は、医者の言うとおり、若返ることはないが、人が経営・運営する公的団体は、高齢者の身体のようであってはならない。常に組織の〃細胞〃を新たにするよう担う人たちが心掛けるべきだ▼常に柔軟な体制なら、組織の硬直化は防ぐことができる。小康を得ながら長らえようとしてはなるまい。打って出て活力を得たいものだ。それがいわれるところの活性化だ▼年賀状のように病気を理解し合っているだけではいけないと思う新年である。(神)

03/01/10

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