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故楡木久一氏の=関係者を探す=姪の美術家が証言集め

12月11日(木)

 移住者の記憶、後ろ姿をアートに――。徳島県在住の現代美術家、楡木令子さんが十五日までサンパウロに滞在し、伯父でブラジルに一九三一年に移住した故楡木久一さんの人生の歩みを追いかけている。
 「バック・グラウンド・ヒストリー(人の背後にある歴史)」と題した空間展示作品もある楡木さんは、「伯父を知る関係者の証言を集めたい。そこでの出会い、対話の中で生まれてくるものをゆくゆくは表現してみたい」と情報提供を待っている。
 久一さんは栃木県出身。「伯父から父に届いた最後の手紙は八一年五月。これ以後音信不通となった。当時八十一歳。おそらく九〇年代の前半に亡くなったのでは」と楡木さんはみる。
 サンパウロ市ガルボン・ブエノ街にセツ夫人、息子の誠一さんと住んでいた過去は分かっている。日本の国立図書館が保有するブラジル日系移民資料のひとつ「楡木コレクション」の収集者で知られたことも。
 「勝ち組」に属していた。「負け組」との対立を生々しく伝えるその日記は日本で公開当時、マスメディアがこぞって取り上げた経緯もある。
 「伯父は日本にいたときは左翼だった。それがブラジルに渡った途端、父への手紙にも右翼的な内容が目立つようになります」
 どうして伯父はブラジルに渡り転向することになったのか。突き詰めて考えていくうちに、ブラジルの日系社会、移住者に関心を抱くようになった。
 かつて楡木さんはポーランド国境に近い東ドイツで生活。国や民族というものに翻弄されて生きてきた人々に、個々の歴史について話を聞ける機会に恵まれた。彼らの後ろ姿をスケッチ。その等身大の素描画とともに、話も一緒に展示できないか、と考えた。
 あなたにとって宗教、神、生、死とはどんな意味を持っていますか?/国、国境、民族とはどんな意味を持っていますか?―といった<十五の質問>を作り上げ、出会った人々に答えてもらった。
 二年前、その成果を文化庁の在外研修員として滞在していた先のフィンランド・ヘルシンキで発表した。会場は大聖堂の地下室。百点余りの素描画と、質問に答えてくれた人々の声をテープで流した。
 普段は紙を利用した造形作品の多い楡木さんにとって新しい仕事だった。が、手ごたえは十分。来場者の反応も良かった。会場など受け入れ先が決まれば、再来年、サンパウロでも展覧会を開催したい、という。
 「そのときは一年ほど滞在して、新しい作品の制作にも取り組むつもり。いままで欧州、アジアを巡ってきましたが、いつもその土地の人々、素材と触れ合うなかで制作してきた。ブラジルでは伯父の足取りを追うことで何かが生まれてくるはず」
 久一さんの友人だった、あるいは夫人や子供を知っているなど、情報提供は豊田ジャンニさん(電話FAX11・3726・8536)まで。十五日まで楡木さんはサンパウロ市内のマツバラホテル(電話11・3561・5000)に宿泊している。

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