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長崎「被爆クスノキ」ブラジルで育つ 惨事生き抜いた 平和の象徴=杉本さんの熱意実る=「被爆者、その2世に苗分けたい」

4月24日(土)

 ブラジルにも根付く被爆クスノキの苗――。一九四五年八月九日、米軍によって長崎市内に投下された原爆は、上空五百メートルで炸裂。爆心地の半径約一キロは全焼、数多くの動植物が、一瞬に命を奪われた。そんな大惨事を生き抜いた樹木がある。爆心地から約八百メートルに位置した山王神社内のクスノキだ。被爆当初は、無残な姿をさらした二本の大木だが、数カ月後に再び青い芽を吹き出し、長崎市民に生きる希望を与えた。現在、「被爆クスノキ」として知られるこの木の苗が、ブラジルで育成されている。携わった長崎県人会理事の杉本俊和さんは「長崎で被爆した方にお分けしたい」と話す。

 神社境内にそびえ立つこのクスノキは、推定樹齢五百年を超え、直径八メートルの「赤クス」と直径六メートルの「白クス」として親しまれてきた。被爆による衝撃で、枝も全て吹き飛ばされ、幹には大きな亀裂が入ったこのクスノキ。当時の氏子が「もうダメだろう。切らないと」と思うほど状態は酷かった。
 誰もが死んだ、と思ったクスノキ――。しかし、被爆から約三カ月ほどで、幹や枝から緑の新芽が吹き出し、市民らは大木に抱きつきながら生きる喜びを実感したという。
 復興と平和のシンボルともなったこのクスノキを保存しようと住民らは「地域の大楠を守る会」を結成、木の管理だけでなく、「平和の使者」として世界中にこの木の苗を配布する活動を続けてきた。六九年には市の天然記念物に指定、またその二本の大木が風に揺られて発する音の素晴らしさが環境庁の「残したい日本の音百選」に選ばれるなど、その価値は広く知られている。
 被爆経験を持つ移民がいるブラジルに、平和の象徴を広めようと思い立ったのが、同県人会で被爆者問題を担当する杉本さんだった。昨年十一月に、母県を訪れた杉本さんは山王神社に足を運び、宮司の息子とクスノキの種を採取。「本当は苗で持ってきたかったが、通関の関係で種のまま持ち帰った」と語る。
 昨年十二月に蒔かれた種は、翌一月に発芽。種苗業者でもある杉本さんは「クスノキは発芽が難しい。日本では冬を越さないと芽を出さないので、冷蔵庫で冷やした」などと苦労話を打ち明ける。
 現在、ピニャール・ド・スール市内の専門家が管理している苗は約五十個で、約十センチにまで成長。杉本さんは「被爆経験を持つ方はもちろん、被爆二世に受け継いでもらいたい」と話す。杉本さん自身、被爆した母を持つだけに平和への思いは人一倍強い。
 また、三年後の県人会式典四十五周年には、来伯した県知事にイビラプエラ公園に植樹してもらうことも考えている。
 苗の希望者は、肥料代などの経費として五レアルが必要。問い合わせは杉本さん(自宅11・5589・8026か、事務所11・5589・4376)へ。

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